TBSアナウンサー田村真子の1stフォトエッセイ『陽がのぼるほうへ』(太田出版)が27日に発売される。カルチャー誌「Quick Japan」と公式Webメディア「QJWeb」で毎月掲載していたエッセイのほか、書き下ろし原稿を加えた15篇のエッセイと、60ページ以上の大ボリュームのフォトストーリーパート、親友の近藤千尋との対談インタビューや連載写真のフォトアルバムで構成されている本著は、来年2月に30歳を迎える田村の20代の時間が垣間見えるような内容になっている。そんな田村に今回クランクイン!がインタビューを実施。昨年「好きな女性アナウンサーランキング」第1位を獲得し人気を証明した田村だが、ここまでたどり着く間に「ビリビリ椅子がすごく嫌な時期があった」と本音を明かす。
■「好きな女性アナウンサーランキング」1位への思い
2018年にTBSテレビに入社し、報道番組や情報番組などを経て、2021年3月から始まった『ラヴィット!』でMCを担当する田村。ORICON NEWSが毎年発表している「好きな女性アナウンサーランキング」では2024年に栄えある第1位を獲得し、お茶の間からの高い人気を証明した。
ランキング発表直後は、『ラヴィット!』スタッフのみならず、TBSの廊下ですれ違う人たちからも祝福されたといい、「人生でこんなにも『おめでとう』と言われることは、この先あるのかな」と思ったという田村。しかし「1位という順位をいただきましたが、やることは変わらないと思っていて」と意外と冷静。自分が評価されることよりも周りが喜んでくれたことの方が何よりもうれしかったと振り返る。
そんな周りの評価は時にプレッシャーになることもあるそうで「1位をいただいたからには自覚を持ってTBSの中で頑張らないとという思いが芽生えて…。でも皆さんがよかれと思って『次は2連覇だね』って言ってくださるんですよ。もちろん頑張るんですけど『やめてください』という思いもあって(笑)」と少し照れくさそう。「皆さんが選んでくださることなので、わたしはどうにもできませんが、周りの方たちが喜んでくださるのであれば期待に応えたいと思います」と謙虚な姿勢を見せた。
田村が周囲の人から愛される魅力を持っているのは、今回のエッセイでも垣間見え、赤荻歩アナウンサーら仕事仲間や、麒麟・川島明をはじめとする『ラヴィット!』メンバー、高校時代の友人、家族など田村の身近な人のエピソードが多数登場する。そんな田村に「人に恵まれる理由」を聞いてみると、「自然体だからではないか」と分析する。
「運が良いというのももちろんあると思うのですが、いろんな方とお仕事をさせていただく中で、初対面の方に『自然体な方なんですね』と言っていただくことが結構多くて。場面によっては改まったり猫をかぶることもあるのですが、良く言えば“素直”で、感情を隠せないんです。『ラヴィット!』放送中でも、ビリビリ椅子が痛かったらムッとした顔をしてしまうこともあったり(笑)。もしかしたら、このナチュラルさが皆さんに受け入れてもらいやすいのかもしれません」。
「学校のよう」と例えられることが多い『ラヴィット!』のカオスな時間をまとめ上げ、生放送中に速報が入れば臨機応変に対応する田村は、SNSでも「流石すぎる」「仕事できるなあ」と称賛されることが多い。ところがエッセイ内の親友・近藤千尋との対談では「最初の頃は特にプレッシャーも大きかったし、もちろん行けば楽しいんだけれど、出勤するのに気合いがいる時期も正直あった」と本音を明かしている。今年で『ラヴィット!』は5年目。これまでの歩みを振り返ってもらったところ、大きなターニングポイントが2回あったと田村は語る。
「『ラヴィット!』って初期の頃に比べると番組内容が変わってきているんです。始まった頃はとにかく番組の進行に慣れなければいけなくて、芸人さんたちがワイワイやっている中に入って楽しむ余裕がありませんでした。進行という立場に必死だったんですよね。それから便利グッズや主婦層に刺さるような情報を紹介するように切り替わったあたりで、進行が身に付いて慣れてきたように感じました。時期はうろ覚えなのですが2年目に入るか入らないかくらいだったと思います」。
しかし慣れてきたのも束の間。『ラヴィット!』のオープニング時間が徐々に伸び始めていき、進行にも狂いが出始める。
■ビリビリ椅子の頻度が「ちょっとおかしいな」
「30分でも長かったオープニングの時間が1時間になり、2時間まるまるオープニングの回も出始めてきたんですよね。そうするとゲームなどのやることが増えて、一段階進行が大変になっていきました。今は赤荻さんも進行を担当しますが、それまではめちゃめちゃしんどかったというか…進行しながらビリビリ椅子も受けなきゃいけなくて(笑)。だからビリビリ椅子がすごく嫌な時期があったんです。今よりも頻繁に、ほぼ毎日ビリビリ椅子を罰としたゲームをやっていた時がありまして、やっぱり人間は結構な頻度で来ると嫌になってくるんですよね。『今日もまたゲームに失敗してビリビリ椅子を受けなきゃいけない』と考えると、そっちに意識を取られすぎて、ADさんが出しているカンペを見逃したりすることもありました。全然、視界に入らないんです(笑)。この時期は、出勤するのに気合いがいりましたね」と振り返る。
田村も「ちょっとおかしいな」と感じるほどビリビリ椅子が頻繁に登場する時期を経て、以前よりは登場が緩やかになったという現在。今は楽しみつつ進行ができるようになっていると言うが、そんな仕事の合間で書かれたエッセイは、執筆中に苦労もあったそう。
「文章を書いてきた人間ではないので、読んでいただく人に面白いと思ってもらえて、読み進めやすい文章ってどんな感じだろうと、書いては読んでを何度も繰り返して書き上げました。毎回締切を設定いただいて、ゆとりを持って書き上げるようにはするんですけど、どうしてもギリギリにならないと文章が出てこないんですよね。書きたいことは書けるんですけど、読んでもらうための文章となると1日前にならないと指が進まなくて。自分でも良くないなと思いながら、こういう人間なんだろうとハラハラしながら書いていました」と語る。しかし担当編集は「でも、1回も締切が遅れなくてすごいなって思いました、そんな人いないので…」と苦笑い。田村も笑いながら「ちゃんとしてる方でした?(笑)」と胸をなで下ろす。
続けて田村は、文章を書くことはアナウンサーとして言葉を伝えるより「好きかも」と吐露。「文章を書くのと口で話すのって全然違って、自分のことを話して伝えるのって実はあまり得意じゃないんです。特に放送中にワンショットでカメラに抜かれて何かを言わなきゃいけないっていうのがいまだに苦手なんですよね。文章の方が自分の言葉を吟味して書き上げられるので、アナウンサーという話す仕事ではあるのですが、文章で表現する方が好きかもしれないです。好きって言っていいのかな(笑)。生放送は緊張感もあって、自分の真意がちゃんと伝わっているのかが不安になってしまうタイプなんです。もちろん文章を考える大変さもありましたが、楽しかったです」。
本著に収録される、60ページ以上の大ボリュームのフォトストーリーの撮影では「ヒルなんていないよ」と語る陽気なカメラマンのすぐそばでスタッフがヒルにかまれるというハプニングもあったと笑いながら振り返る田村。執筆時も撮影時も楽しい思い出が次々と出てくる本書に、田村が込めたメッセージは「悩みがあってもみんな頑張ろう」だとまとめる。
「割と自分自身のことや、自分が普段考えている頭の中のことを出したような文章に仕上がりました。人前に出るお仕事をさせていただいて、番組中はニコニコし、『ラヴィット!』も楽しくやらせていただいているんですけど、その中で葛藤や悩みを抱えながら頑張っているんです。わたしって能天気そうな感じがあるので、職場では『悩みがなさそうでいいよね』って言われることもあるのですが、めっちゃ自分のことを分析しているんですよ!(笑)。本の帯にも“思考の旅”と書いていただきましたが、すごく考える人間なんですね。日常のちょっとしたことを考えたり、仕事が終わって帰ってから内省したり、常に頭で何かを考えています。これまではその考えが堂々巡りして終わっていたのですが、今回のエッセイでは頭の中を書き出せたので、多分テレビで見てくださる印象よりも割と考えているタイプなんだと伝わると思います(笑)。きっと自分の年に近い人には共感していただけると思うので、こんなことを言える立場ではありませんが『みんな!頑張ろう』という気持ちです」。
ただ「献本する機会があると思うのですが、わたしの本を渡されても皆さん困るんじゃないかな」と少し自信なさげ。“読んでもらいたい人”を挙げてもらうと、本著の帯を書いた麒麟・川島と、『ラヴィット!』放送中の合間で「全部自分で書いてんの、すごいな」と褒めてくれたという、おいでやす小田の名前が上がった。一方で“読んでもらいたくない人”は少し悩みつつ、「(相席スタートの)山添(寛)さんには渡したくないですね」と苦笑い。「『意外と考えるタイプやったんや(笑)』とか言われそうで。オンエアで触れていただく分にはありがたいんですけど、ちょっと恥ずかしいです」と言い、『ラヴィット!』の番組キーワードでいじられることも懸念していると語った。
来年は、2月3日に田村が30歳を迎え、3月29日に『ラヴィット!』が5周年を迎えるという節目の年。田村に「どんな20代だったか」と「30代を迎える今後」について聞くと「私にしかできないキャリアの積み方」を目指したいと話す。
■30代は「心のゆとりが作れるような生活を」
「入社8年目を迎えて、たくさんの思い出があるのですが、特に『ラヴィット!』が始まってからの4年間はどんどん時間のスピードが早く感じるようになりました。20代のうちは、ちょっとぐらいしんどくても、今頑張っていた方がいいだろうなと思って駆け抜けてきて、ここ2〜3年はずっとマラソンの最後の3分の1を永遠に走っているような感覚があります。実際にマラソンを走ったことはないんですけど(笑)。でも、大変なこともあるけれど、振り返った時に絶対にこの時期が自分の中で大きかったなって思えると確信しています」と慌ただしくも後悔のない20代を過ごせた様子。
しかし今後の展望を語るのは少し苦手なようで「エッセイにも書いたのですが、あまり先のことを考えずにここまでやってきてしまいまして。上司面談でも聞かれるんですよ、『次はどんな仕事をやっていきたいの』って。でも、考えても考えても思い浮かばないし、考えなきゃいけないんだろうなと思いつつも考えてこなくて、上司にも『今が必死すぎて、未来のことを考えていたら、毎日の『ラヴィット!』でいろんなことができなくなってしまいます』と誤魔化してきました。具体的にやりたい番組は今のところないのですが、例えば「報道をやりたい」と思った場合、今の『ラヴィット!』での動きに葛藤がでてきちゃいそうとは思っていて。だから30歳になったらもう少し長い目で自分のキャリアについて考えられるように、心のゆとりが作れるような生活を送っていかなければと思っています」と話す。
ただ、新人の頃から報道番組を担当し、その後『ラヴィット!』のMCになり、現在では『ラヴィット!』以外のバラエティー番組の出演も増えている田村は、これまで築いたキャリアが唯一無二であると自負しているよう。「今活躍されている先輩たちのようになれるのならなりたいと思いつつ、『ラヴィット!』自体がTBSの中でも今までなかった特殊な番組なので、これを経験してきたわたしにしかできないキャリアの積み方をできればと漠然と思っています。培ったものをどう生かすかはやってみないと分からないのではっきりと言えないのですが、こんな経験をしてきているアナウンサーは今までのTBSにもいないんじゃないかと思うので、それを生かしたお仕事ができればいいなと思います」と展望を語った。
自分は真面目な人間だと思っていたが、今回のエッセイで友人から寄稿してもらったところ、学生時代に、はんにゃ・金田哲考案の「ズクダンズンブングンゲーム」を教室の後ろでやるような“ひょうきんな人間”だったと再確認できたという田村。アナウンサーとしての高い技術を持ちながら、根っこの部分にはお笑いの血も流れている。そんな田村の性格が、日本でいちばん明るい朝番組『ラヴィット!』をさらに明るくしているのかもしれない。
(取材・文:阿部桜子 写真:上野留加)
フォトエッセイ『TBSアナウンサー 田村真子 陽がのぼるほうへ』(太田出版)は、8月27日発売。
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