『エリザベート』『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』『キンキーブーツ』をはじめとしたさまざまな舞台作品で活躍し、今年「第50回菊田一夫演劇賞」を受賞するなど躍進の続く甲斐翔真。この秋開幕するミュージカル『マタ・ハリ』では、以前から演じてみたかったというアルマン役に挑む。来年迎えるデビュー10周年を前に、さらなる輝きを放つ彼に、本作に込める思いや初舞台から5年の日々について話を聞いた。
◆熱望したアルマン役「お話をいただいて2秒で飛びつきました(笑)」
本作は、数々のヒットミュージカルを手掛ける作曲家フランク・ワイルドホーンによって2016年に韓国で製作されたミュージカル。日本では、2018年に初演、2021年に再演され、今回は3度目の上演となる。エキゾチックな踊りで人々を魅了し、女スパイとして世界を翻弄した伝説の歌姫マタ・ハリの数奇な半生と愛と情熱を描く。
主人公マタ・ハリを柚希礼音と愛希れいかがWキャストで演じ、そのほか加藤和樹、廣瀬友祐、神尾佑、春風ひとみら実力派キャストが顔をそろえる。甲斐は、マタ・ハリと恋に落ちる戦闘機パイロットのアルマンを加藤和樹とのWキャストで演じる。
――待望の再々演となる『マタ・ハリ』に初参戦。オファーをお聞きになった時の心境はいかがでしたか?
甲斐:いつか挑戦してみたいなと思っていた作品だったので、お話をいただいて2秒で飛びつきました(笑)。ワイルドホーンが大好きで、初演、再演両方を観させていただいていましたし、一観客の時から「もし自分がアルマンだったら…」と想像しながら観劇していたんです。
――『マタ・ハリ』という作品のどんなところに心惹かれたのでしょう。
甲斐:第一次世界大戦中ですから結構なことが起こっているのですが、そんな時代を美しく生き抜いたマタ・ハリと、戦争の悲劇さを描くのではなく裏側でもがく人たちの物語がうまく描かれているんです。そこにワイルドホーンの美しくてダイナミックな音楽が加わることで、人間が本能で嘆く苦しみ、慈しみ、愛することがより素晴らしく表現されている作品だなと感じます。
――今回演じられるアルマンのどんなところに魅力を感じられますか?
甲斐:純粋さ、そして悲劇性ですかね。『ロミオ&ジュリエット』のロミオや『エリザベート』のルドルフといった役も演じてきましたが、アルマンは、ルドルフやロミオともまた違う不思議な力を持った青年だなと思います。猪突猛進すぎない感じもあるし、時代の被害者でもあるし…。アルマンの、自分の感情とは裏腹に時代の大きな渦に巻き込まれていってしまう様を噓なく舞台上で表現していけたらなと思っています。
――ご自身と似ているなと感じる部分はありますか?
甲斐:アルマンは、空の上から見た地球の美しさや土地の美しさを語れるような青年でもあるんです。アルマンのロマンチストさや哲学的な考え方はきっと天性のものだと思うんですが、どこか僕と近しいところがあるなと感じています。どんなに苦しいときでも、その苦しさからまた何かを見つけられる人だと思うので、そこにも共感できますし、稽古を通して作り上げていくことが楽しみですね。
――アルマン役は加藤和樹さんとのWキャスト(※加藤はアルマンとフランス諜報局のラドゥー大佐を回替わりで演じる)ですね。
甲斐:やっと共演させていただける!と思いました。いつか舞台上でがっつりやりたいねと言ってくださっていたので、アルマン役で共演できるなんてドンピシャですよ(笑)。しかも同じ役を一緒に作っていけるという夢のような共演の仕方ってあるんだなとすごく楽しみです。
――マタ・ハリを演じられる柚希さん、愛希さんの印象はいかがですか?
甲斐:柚希さんとは、コンサートに呼んでいただいたことはあるのですが作品でご一緒するのは初めてです。初演から拝見しているので実は初めての感じがしないといいますか、観ていた『マタ・ハリ』の世界に僕が入っていくという感じがあります。
愛希さんとは『エリザベート』では母子役でしたが、今回はまた違った関係性を演じられることが楽しみです。アルマンは、壮絶な過去を抱えたマタ・ハリの固く閉ざされている心に一本の針を通すような役。『エリザベート』で気持ちの離れた母に固く拒絶されたルドルフの雪辱を果たそうかな、なんて思ったりしています(笑)。
◆コロナ禍と共に始まった舞台人生 乗り越えた今、より楽しんで舞台に向き合える
――先ほどワイルドホーンさんの音楽が好きだとのお話がありましたが、ワイルドホーンさんの音楽の魅力はどんなところにありますか?
甲斐:言うならば王道なんです。音楽の作り方として、ソンドハイムのように役者が気持ち悪いと思うための技として巧妙に気持ちよくない音楽をわざと作ったりする作り方もありますが、ワイルドホーンの音楽はとにかく気持ちよくさせてもらえる。最初嘆くような始まりからだんだんと吐露して、最後はエクスタシーみたいな発散といいますか。観ているこちら側の胸に突き刺さるような旋律で、みんなが求めている王道なんですよね。
対決するシーンでの音楽もワイルドホーンの音楽の醍醐味ですね。ファンの方々も大好きだと思うのですが『二人の男』という楽曲では、今回対峙するラドゥー大佐がWキャストで加藤和樹さんと廣瀬友祐さんとお二方がいるので、その絡みも楽しみです。
――逆に、ワイルドホーンさんの音楽の難しさはどんなところにありますか?
甲斐:簡単そうに見えて王道って難しいんです。気持ちいい音楽が来るんですけど、それに乗っかるってすごく難しくて。音楽がよすぎるので、そこに役者が負けてしまう場合があるんですね。そこをうまく乗りこなすために、1曲の中の構成を、どれくらい感情を出して、どれくらい捻って、最後に解き放たれるかというのを役者が考えないとただのいい曲になってしまう。そこに中身を込めるのが俳優の仕事になるのですが、それが本当に難しいです。
――来年にはデビュー10周年を迎えられます。節目の年を前に菊田一夫演劇賞を受賞されるなどご活躍が続きますが、この10年を振り返るとどんな10年でしたか?
甲斐:デビューしたころは、まず舞台の方向に行くなんて微塵も思っていなかったんです。デビューからの5年はドラマや映画が主だったので、今のこの状況はまったく想像できていない未来で、不思議な気持ちです。一年一年、ひと月ひと月課されていく課題や壁、目標みたいなものに楽しみながらひとつひとつ向き合ってきた結果、今ここにいるという感じなんです。
――初舞台は5年前のワイルドホーンさんが音楽を手掛けられた『デスノート THE MUSICAL』です。初舞台の思い出はいかがでしょう。
甲斐:初舞台の『デスノート THE MUSICAL』は、舞台に立つ前はすごく緊張していました。でも最初のナンバーを歌い終わって袖にはけた時に、発狂するくらい楽しくて。そこから「俺はこの業界に向いているな」って思えたんですよね。いきなり2000人くらいの人の前で歌う経験なんてないじゃないですか。そこに心地よさを見出せたのは大きな収穫でした。あれを味わえなかったら、僕は今やっていないと思います。
――初舞台はちょうどコロナ禍の始まりだったんですよね。
甲斐:ある意味、僕の舞台での日常はコロナ禍だったんです。マスクをしながら稽古をして、それを普通のこととして3〜4年やってきたのでこんなものなんだなと。でも、稽古場でもマスクが取れた時にはすごいな!と感動したんですよ。打ち上げもやったことがなかったのが、稽古場の稽古が終わっただけでも打ち上げするの!?みたいな(笑)。今日は公演ができても明日はできるか分からない世界線でずっとやってきて、でもそれが僕には普通だった。だからこそそんな状況が終わった今、より楽しんで舞台に携われている自分がいるのかなと思っています。
◆帝劇最後のコンサートで共演した大先輩の姿に感動
――今年の帝国劇場 CONCERT『THE BEST New HISTORY COMING』を拝見したのですが、井上芳雄さんと歌われた『エリザベート』の「闇が広がる」が素晴らしかったです。大先輩の皆さんと同じ空間を共有したあの経験は甲斐さんにとっても貴重な経験だったのではないでしょうか。
甲斐:劇場を味方にするってよく言うじゃないですか。それを肌で感じたのはあの時が初めてでした。市村正親さんが帝劇最後の『ミス・サイゴン』の「アメリカン・ドリーム」を歌われた時に、まるで『美女と野獣』の皿やスプーンのように、劇場の壁も椅子もすべてが市村さんの味方をしている感じがしたんです。それってすごいことだなと思って。作ってきた歴史やご自身の説得力だと思うんですね。そうしたことを勉強できた気がします。いま現時点の僕が理解することは到底無理なんですけど、目の当たりにした分、いつかこうなりたいという思いが生まれました。
――今年28歳になられますが、これから30代はどんな俳優さんになっていきたいですか?
甲斐:作品への取り組み方や新しいものを探したい欲など、このスタンスは変わらずにいたいです。ただ年齢は重ねていきたいんです。役の幅が広がることによってできることも広がっていきますし、新しい世界も広がっていくので。やりたい役もあるのですが年齢的にあと5年、10年しないとできない役だったりするんですよね。なんなら早く年を取りたいくらいの気持ちもあります(笑)。
――お忙しい毎日かと思いますが、プライベートで楽しみにされていることはありますか?
甲斐:最近いいヘッドフォンを買いました。これまでイヤホン派だったんですけど、けっこう失くしてしまって。物理的に大きいものにしたら大丈夫だろうと思って買ったら、改めてヘッドフォンのすごさに気付きました。早く買っておけばよかった(笑)。もう音が全然違うんです。360度音がやってくるんですよね。ヘッドフォンを付けて映画を観たら、まるで映画館にいる感覚で。そのヘッドフォンで音楽を聴きながら稽古場や劇場に通うのが自分の中の楽しみになっています。
(取材・文:近藤ユウヒ 写真:高野広美)
ミュージカル『マタ・ハリ』は、10月1日〜14日東京・東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)、10月20日〜26日大阪・梅田芸術劇場メインホール、11月1日〜3日福岡・博多座で上演。
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