一緒に歌って踊った子どもたちは、今でも大切な「友達」だ。
元「歌のお兄さん」の横山だいすけさん(42)は長年、NHK「おかあさんといっしょ」では、カメラに向かって「みんな、元気ー?」と呼びかけてきた。
だからこそ、夏休み明けの前後は心を痛める。子どもの自殺が1年で最も多い時期だからだ。
「大切な友達がつらい目に遭っていると思うと、胸が締めつけられる」
子どもたちにかけるべき言葉は何か。周囲の大人はどう対応すべきなのか。番組卒業後も舞台に立ち、歌を通じて子どもに元気を届け続けるだいすけお兄さんと一緒に考えた。【聞き手・斎藤文太郎】
窮屈に感じた合唱団の練習
――夏休み明けは子どもの自殺が増える時期です。いじめの件数や不登校の小中学生も増え続け、学校へ行くのを渋る気持ちも想像できる気がします。
◆「歌のお兄さん」を務めた9年間、子どもたちに「お友達」と呼びかけました。子どもたちも、歌のお兄さんやお姉さん、体操のお兄さんたちのことを友達だと思ってくれていたと思います。
そんな子どもたちが成長する中でいじめに遭ったり、不登校になったりして苦しんでいるというニュースを見ると、大切な人がつらい目に遭ってしまっているような、胸が締めつけられるような思いになります。
――だいすけお兄さんは、学校への行きづらさを抱えた経験はありますか。
◆地元の小学校に通いました。勉強は苦手でしたが学校は遊びに行く場所と感じており、嫌だという感覚はなかったと思います。
3年生から地域の合唱団に所属しましたが、毎週土曜日の練習が嫌だと思った時期はありました。指揮の先生が振る通りにみんなで声を合わせ、大勢で一つの音楽を作る練習があまり得意ではなかったんです。
自分の思ったまま歌うのが好きだったので、窮屈に感じたのかもしれません。嫌々通った時期はありました。
親は休ませない方針で、良くも悪くも厳しく育ててもらったと思います。それが成り立つ時代だったのかもしれません。
「答えみたいなもの」がもたらす生きづらさ
――だいすけお兄さんとして、父親として、子どもと向き合い続けています。
◆「厳しくしてナンボ」というのは今の時代にはまったく合わないのではないでしょうか。歌のお兄さんになり、卒業後もさまざまな形で子どもと関わる中で、自分が子どものころとは全く違う環境に今の子どもたちがいると感じます。
正直、今の子どもは生きづらいだろうな、とさえ思います。
誰もがスマートフォンを持ってインターネットにつながり、悩みを抱いたときには調べればすぐに「答えみたいなもの」が出てくる。
でもそれは、本当にその子にとって正解なんでしょうか。「答えみたいなもの」に振り回されて、「そうしなければならないのかな。そうできない自分はだめなのかな」って。
保護者にとってもきつい時代だと思います。
娘が生まれてから、子育てのことで不安になったときにスマホでやっぱり調べてしまうんです。そうすると「答えみたいなもの」はすぐに出てくる。
でも、何か見えないものに重きを置いてしまっているような気もするんです。赤ちゃんのときから少しずつ、子どもをレールにはめてしまいがちな気がします。
ある日、娘が言い出したこと
――父親になって変わったことはありますか。
◆娘は5歳になりました。ある日、幼稚園に「行きたくない」と言い出したんです。最初は「親と離れたくないのかな」と思ったんですが、行き渋りは続きました。
でも、理由はよくわからない。休んでもいいよと言ったこともあるし、一緒に園まで行ったこともあります。親としての葛藤が初めて分かりました。何がこの子にとって一番良いのか、今でも答えは見つかっていません。
――悩ましいですね。
◆不登校になった子を持つ保護者は、自分たちに原因があるとどこかで思ってしまうんじゃないでしょうか。僕も娘が登園を嫌がったとき、何か間違えちゃったのかな、と思い悩みました。
でも、ある教育学者と話したところ「ほとんど関係ありません」と。心につっかえていたものが取れました。
「ちゃんと育てなくちゃ」という思いが強いと、気がついたら親自身も苦しくなるし、子どもを縛り付けている可能性もあると思います。
インターネットでわかる情報は、子どもと保護者が決断する上で大きな要素ではないはず。今、何がベストなのかはすぐに決めなくてもいいんじゃないでしょうか。
子どもを一番見ている保護者が、子どもと何を生み出すことができるか、子どもと一緒に探していくことが絆と思い出になる。そう自分にも言い聞かせています。
と言いつつ、早くご飯食べて、とか、お風呂の時間だよ、とか言ってしまう。反省する日々です(笑い)。
親は子どもの「好き」の「応援団」に
――他に親としてできることは何でしょうか。
◆僕は歌が好きでしたが、音楽の成績も良くなかったし、音楽のコンクールもテープ審査で何度も落ちました。でも、親にすてきだね、と言われたから好きでい続けられました。
親に頑張れ、と言われたピアノは続きませんでした。
「好き」というエネルギーはすごく強い。好きなことなら頑張れるし、好きなことを伸ばせば、嫌いなこともちょっと頑張れる気がするんです。
親目線だと「将来につながるのかな」という想像力が勝ってしまうのも分かります。
子どもはいつどこで何が変わるかわからないけれど、子どもが好きなことを誰よりも応援する、というのは一つのキーワードだと思います。
――子どもと接する際に心がけていることは何ですか。
◆歌のお兄さんを卒業してから学校を訪問する機会があり、いじめや不登校の現状を改めて先生から教えてもらいました。今は当たり前のように、教室に行けない子がたくさんいることを目の当たりにしました。
そして、自分が子どものころの感覚で子どもたちに接してはいけない、と痛感しました。今の子どもが何を感じているのか、ちゃんと見て、感じたい。
だから、子どもたちには、何か言葉をかけるというより、現状を聞けるなら子どもの言葉を聞きたい。
そして、それを踏まえた上で、僕ができることは歌に乗せてエールを送ること。届けるなら、ありのままでいいんだよ、というメッセージになると思っています。
焦らずに「自分らしさ」見つけて
――学校で歌う機会もあるんですね。
◆2024年、不登校経験のある子どもたちの前で歌う場面がありました。いつものように反応があるか分かりません、という大人の見立てもありましたが、ドカンと盛り上がってくれた。涙を流して喜んでくれたんです。
子どもたちにとって、自分らしく生きることのスタートがいつになるのかはその子にしかわからないし、大人が思う以上に子どもの心はちゃんと動いているんだと思いました。心が動くことが大切だと思います。
だから、本当に焦らなくていい。学校に行けても行けなくても、自分らしさを見つけられたのなら、それが幸せなんだと思います。
最近、仕事で海外に行くことが増えました。全く違う文化や広大な自然に圧倒され、40歳を過ぎてこんなに価値観が変わることがあるのか、ということをいっぱい感じます。今までの人生は何だったんだって思うくらい。
だから、まだまだ楽しいこと、びっくりすること、うれしいことがいっぱいあるはず。これからの人生を楽しみにしていてほしいです。
よこやま・だいすけ
1983年、千葉県生まれ。国立音楽大音楽学部卒。2008~17年、NHKの「おかあさんといっしょ」で第11代目の「歌のお兄さん」を務める。卒業後は歌手、俳優、声優などとして活動し、CMや舞台、コンサートなど幅広く活躍している。
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