
ありとあらゆるお金をつぎ込みマンションを購入した男が、騒音トラブルに巻きこまれるスリラー映画「84㎡」が、Netflixで配信されている。念願のマンション購入から一転、苦しい経済状況にご近所騒音トラブルなど、ひとごとには思えない物語に背筋が凍る。
本作の監督を務めたのは、韓国版「スマホを落としただけなのに」でメガホンを取ったキム・テジュン。主演は「イカゲーム」シリーズ、「椿の花咲く頃」のカン・ハヌルが担い、共演にはヨム・ヘラン(「おつかれさま」)、ソ・ヒョヌ(「悪の花」)らが名を連ねた。

ローン返済、騒音の苦情に苦しむ主人公
物語の始まりは、マンションの価格が高騰し続ける2021年のソウル。サラリーマンの主人公・ウソン(カン・ハヌル)は、流れに遅れまいと有り金をかき集め、退職金にも手をつけ、念願だった高層マンションの一室を手に入れる。
11億ウォン(約1億1700万円)もする夢のマイホームだったが、購入したマンションで一緒に暮らすはずの彼女と別れ、金利は2%台から18%台に上がり、マンションの価値は上がらず。返済に追われるウソンは、仕事が終わってもフードデリバリーのバイトをする日々が続く。

これだけでもなかなか耐え難い状況だが、さらなる試練が待ち受ける。下の階の住人から、騒音の苦情がヒートアップ。しかし、ウソン自身も騒音に悩まされており、騒音の発信源だと思っていた上の階の住人に苦情を言いに行くが、さらに上の階が原因だと言われる始末。そして、最上階に住む住民代表(ヨム・ヘラン)もこの問題に関わってくる。
住人に騒音を責められ、ローンに首が回らなくなるウソンが次第に追い詰められていく姿が狂気的で、彼が転落していくさまが恐ろしいほど小気味よいテンポで描かれる。
前半のハイライトは、同僚から仮想通貨の裏情報を聞いたウソンが、危ない賭けに出るところ。発生源不明の騒音が鳴り続けるなか、無精ひげを生やし、うつろだがギラついた目で仮想通貨の相場を見続けるウソンの欲望がむき出しになる。

不気味で不穏な住人たち
狂気はウソンだけではない。マンションの住人の不穏さもサスペンス要素を盛り上げる。上の階の住人のジノ(ソ・ヒョヌ)は、全身タトゥーがあり威圧的で、騒音の文句を言うために息巻いて乗り込んだウソンがひるんでしまうほど。
下の階の住人夫婦も強烈だ。騒音の苦情を書いた付箋をウソンの部屋の扉に貼りまくり、部屋に突撃してくる。インターホンに映る顔はホラーでしか見ないテイストでやたらと不気味。また、エレベーターでウソンと2人きりになったときには、カッターの刃を出したり戻したり。予想がつかない行動で恐怖心をあおる。
住人たちの行動は極端すぎとは思いつつ、夢に見たマイホームを手に入れても、家の外で起こることをコントロールできないという状況はリアル。それに、経済状況が苦しくなれば、ウソンのように甘い話に飛び付いてしまう可能性は誰にでもあるはず。
後半の展開は、あり得ないと思いつつも、金銭問題やご近所トラブルがひとごとには思えずに恐怖をよりかき立てる。

人間の欲望の恐ろしさ
本作が浮き彫りにするのは、人間の欲望の恐ろしさだ。ウソンは、金銭事情でなりふり構わず。マンションの住人たちも、他人がどうなろうと自分たちさえ良ければと暴走は止まらない。
さまざまな思惑が渦巻くマンションは、無機質で冷たく、ウソンの部屋はゴミと酒の空き瓶が散乱している。雨や夜のシーンが多く、晴れた日でも空はあまり見えず、明るくても外のマンションが映るばかり。
その一方で、ウソンの母親が住む田舎の夕日の美しさとの対比は皮肉で、お金や欲望、野心に燃える人々への虚無感も襲ってくる。
人間の弱い部分も欲望もさらけ出して、荒唐無稽(むけい)な物語に引き込んだウソン役のカン・ハヌルは、今年は「隠し味にはロマンス」の御曹司役、「イカゲーム」の自称・元海兵隊のデホ役と大忙し。

ちなみに、「イカゲーム」で共演したカン・エシムとは「84㎡」で親子役に。「イカゲーム」で散々大変な目に遭ったのに、また“ゲーム”に参加しなければならないような経済状況の役柄というのも皮肉というか。「84㎡」のウソンはこれ以上欲深くならず、隣人に恵まれてほしいと思わざるを得ない。
なお、タイトルにもある84平方メートルは、韓国の一般的なマンションの広さだという。また、英語タイトルは「Wall to Wall」で、空間が詰まっている状態、逃げ場がない状態という意味だ。
「84㎡」のほうが、インパクトがあるように感じるが、平均的な家の広さは国によって異なるため、この広さがピンとこない人もいるのかもしれない。(梅山富美子)
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