親子三代にわたる大河ドラマ
青空に浮かぶ白い入道雲を眺めていると、『ジャングル大帝』の最終話を思い浮かべる手塚治虫ファンもいるのではないでしょうか。真っ白いオスのライオン、レオを主人公にした『ジャングル大帝』は、「マンガの神さま」手塚治虫先生が1950年から連載を始めた長編マンガです。アフリカを舞台に、パンジャ、レオ、ルネの三代にわたる壮大な大河ドラマとなっています。
1965年からは「虫プロ」によって国内初のカラーTVアニメとしてシリーズ化され、フジテレビ系で放映されました。米国でも放映され、ディズニーアニメ『ライオン・キング』(1994年)に大きな影響を与えたとも言われています。
2025年8月10日(日)のBS12では、夜7時からの「日曜アニメ劇場」で、『ジャングル大帝 劇場版』(1966年)のデジタルリマスター版を放映します。TVアニメシリーズを再編集したものですが、ベネチア国際映画祭でサンマルコ銀獅子賞を受賞した名作です。手塚先生が『ジャングル大帝』に込めたテーマ性を考察します。
アニメ版の「改変」、米国での放送が関係?
最終回で、レオが人間に食べられてしまうことがいまだに話題になる『ジャングル大帝』ですが、TVアニメシリーズと今回の劇場版にはレオが食べられるシーンはありません。
レオが食べられてしまうのは、原作マンガの最終話です。ヒゲオヤジをはじめとする人間の探検隊とレオは、「月光石」と呼ばれる貴重な石を探しに向かいます。しかし、山で猛吹雪に襲われます。このままでは全滅してしまうため、レオは旧知の仲であるヒゲオヤジに自分の肉を食べ、毛皮をまとって下山するよう伝えるのでした。
レオのおかげで生還に成功したヒゲオヤジは、人間社会から戻ってきたレオの長男・ルネと合流。ふたりがジャングルに帰ると、大空にレオそっくりな入道雲が浮かび、あたかもルネたちを見守っているかのようなカットで物語は完結しています。
レオが食べられるエピソードが、TVアニメ版では描かれなかったのは米国での放送が関係していました。好評だった『鉄腕アトム』(フジテレビ系)に続き、『ジャングル大帝』も海外への輸出を前提に製作されたのですが、広い米国では地域ごとに異なる話数が放送されるため、レオが食べられるという最終回は避けることになったそうです。もちろん、子どもが観るには、ショッキングすぎるという判断もあったのでしょう。
しかし、原作者である手塚先生は、なぜこのような衝撃的なエンディングを『ジャングル大帝』に用意したのでしょうか?

『鉄腕アトム』『ブッダ』にもあった残酷エピソード
手塚先生の円熟期の代表作に挙げられる『ブッダ』でも、実はよく似たエピソードが描かれています。1972年から連載が始まった『ブッダ』の序盤は、こんな内容です。今から3500年前の昔、偉い僧侶が山で遭難した際に、クマやキツネが食べ物を持ってきて僧侶を助けようとします。その場にウサギもいたのですが、ウサギは食べ物を用意することができませんでした。そこでウサギは僧侶に火を焚かせ、その炎のなかに飛び込むのでした。ウサギは自分の体を肉として、僧侶に捧げたのです。
1966年に放映された人気アニメ『鉄腕アトム』の最終回も、ショッキングなことで有名です。太陽の異常活動を鎮めるため、アトムは抑制装置を備えたロケットとともに太陽に突入していくというものです。この最終回「地球最大の冒険」は、手塚先生自身が脚本・演出を手掛けています。
幅広い世代に愛されている医療マンガ『ブラック・ジャック』では、少年期のブラック・ジャックに顔の皮膚を提供したタカシ少年が強く印象に残っています。タカシは大人になってからは地球環境を保護する団体で活動していたのですが、悲劇的な結末を迎えます。ブラック・ジャックは彼のことを忘れないよう、黒い肌をずっと残していたのです。
手塚作品では、「生命の尊厳」とともに、自分の身を挺する「自己犠牲」が大きなテーマとなっています。

『アンパンマン』やなせたかしとの共鳴
現在放送中のNHK連続テレビ小説『あんぱん』では、眞栄田郷敦さんが手塚先生をモデルにしたキャラクターを演じていることで注目を集めています。「アニメラマ」と名付けられた、大人向けの劇場アニメ『千夜一夜物語』(1969年)で製作総指揮を務めた手塚先生は、やなせたかしさんに美術監督&キャラクターデザインを依頼しています。
大ヒットした『千夜一夜物語』でのやなせさんの仕事ぶりを手塚先生は高く評価し、やなせさんが監督を務めた短編アニメ『やさしいライオン』(1970年)も手塚先生が製作しています。
「自己犠牲」をテーマにした作品をたびたび描いてきた手塚先生と、お腹を空かせた人たちに自分の顔を分け与える『アンパンマン』が1988年にTVアニメ化されて大ブレイクしたやなせさんは、お互いに共鳴し合うものがあったのではないでしょうか。
手塚先生の作品は「自己犠牲」だけでなく、「生命の循環」をテーマにした『火の鳥」もよく知られています。「虫プロ」の経営には失敗した手塚先生ですが、「虫プロ」からは『機動戦士ガンダム』(テレビ朝日系)の富野由悠季監督や安彦良和監督、『あしたのジョー』(フジテレビ系)の出﨑統監督、劇場版『銀河鉄道999』(1979年)のりんたろう監督、『銀河鉄道の夜』(1983年)の杉井ギサブロー監督、『装甲騎兵ボトムズ』(テレビ東京系)の髙橋良輔監督、『妖獣都市』(1987年)の川尻善昭監督ほか、多彩な人材が巣立っています。まさに「才能の循環」です。
手塚先生自身が『ジャングル大帝』のような大きな存在だったのではないでしょうか。
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