24日に開幕した第70回全国高校軟式野球選手権大会(日本高校野球連盟主催、毎日新聞社、朝日新聞社など後援)。初出場となる東九州龍谷(大分県中津市)=北部九州代表=の選手たちに大会直前、衝撃の知らせが入った。同校の軟式野球部OBで陸上自衛隊員だった久保田愛悠(あゆう)さん(21)が訓練中に落雷で命を落とした。野球部在籍時は主将として仲間を引っ張り、卒業後も後輩たちに慕われていた久保田さん。選手たちは亡き先輩への思いを胸に、25日の初戦に臨む。
笑顔を浮かべたような穏やかな表情は、高校時代に遠征バスで見せていた寝顔と変わらなかった。20日夜、東九州龍谷の陣野雅紀監督(42)は、学校からほど近い中津市内の久保田さんの実家で遺体と対面した。全国大会出場を決めた後、久保田さんの顔を見るのは初めてだった。
「お前の思いを背負って行ってくるからな。今までありがとう」。ひつぎに横たわり、冷たくなった体をさすりながら語りかけた。
同じく軟式野球部OBの久保田さんの兄から、電話で突然の悲報を知らされたのは18日昼だった。
久保田さんは、17日午後から大分県内の日出生台(ひじゅうだい)演習場で訓練に参加していたが、午後2時ごろに無線で連絡を取ったのを最後に行方が分からなくなった。18日午前0時過ぎ、先輩隊員と一緒に心肺停止状態で倒れているのが見つかり、2人はその後死亡が確認された。死因は雷による感電死だった。
「リーダーシップがあり過ぎるぐらいだった」。高校時代の久保田さんについて、2年生の時にクラスの担任でもあった陣野監督はそう振り返る。学級委員を務めて誰とでも分け隔てなく付き合い、グラウンドでは捕手としてチームの中心にいた。
自宅に帰っても黙々とトレーニングに励み、決して弱音を吐かない性格。半面、負けず嫌いで、ミスを巡って感情のままに強い言葉が口をつくこともあった。そんな久保田さんが確かな成長をみせたのが、負ければ引退となる3年夏の大分県大会決勝だった。
同点の好機に、代走で出た1年生がサインミスで走塁に失敗。試合に敗れ、ベンチで涙を流す1年生に久保田さんは寄り添い、「これを糧に絶対に野球頑張れよ」と言葉をかけた。「自分のことよりもチームのために、という自らの役割にその時気づいたのかな。あれで本当のキャプテンになれた」と陣野監督は振り返る。
久保田さんは2022年3月に卒業後、「人のために何かしたい」と陸上自衛隊に入隊した。県内の玖珠(くす)駐屯地に拠点を置く西部方面戦車隊に所属し、年に3~4回は母校を訪問。グラウンドでノックに参加したり、打撃投手を買って出たりと、後輩たちと練習に打ち込んだ。
東九州龍谷は今夏、チーム打撃を意識した攻撃で堅実に得点して勝利を重ね、創部16年目で初の全国大会への切符をつかんだ。陣野監督は、現役時代の久保田さんのストイックな姿勢が歴代の後輩に受け継がれ、チームの礎となったと感じており、「今があるのは久保田のおかげ」と断言する。
訃報を知らされた翌日、選手たちは久保田さんが汗を流したグラウンドで黙とうをささげ、全国大会での活躍を誓った。山口華貴(はるき)主将(3年)は「久保田さんは、高校から野球を始めた部員にも優しくプレーを教えてくれた。久保田さんのために戦いたい」と力を込める。
チームは25日の1回戦で北海道代表の北海道科学大高と対戦する。「勝ち負けというよりも、失敗はみんなで許して仲間のために声を出し、一生懸命チームを鼓舞してほしい」。陣野監督は、最後の夏に久保田さんが見せた姿を選手一人一人が胸に刻み、全国大会のグラウンドに立ってほしいと願っている。【山口泰輝】
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