哀(かな)しみの水面(みなも)に睫毛(まつげ)を浸(つ)からせてT・カポーティ入水はせず 東京 境千尋
<評>作家は、深い水のあまりにも近くにいたために、かえってそこに身を投じることはできなかったのかもしれない。
キリストと時を同じく誕生のセコイア切株壁に磔(はりつけ) 加古川市 畑啓之
<評>キリストと同じ時間を生きたセコイアが、...
校庭の焼却炉へと放りこむ半紙に「夢」のあまた燥(はしゃ)げり 東京 浅倉修
<評>生徒たちが習字の時間に書いた「夢」のホゴ紙。結句が印象的である。生徒のおのおのの夢が実現してほしい願いにもとれる。
古びたる名刺ホルダーに名を残す我が人生の共演者たち 前橋市 内山征洋
<評>「共演者」の語がいい。これを使ったところに作者の人生観が出て...
滴りのかたちとなりて落ちにけり 川口市 高橋さだ子
<評>岩肌などからしみ出した水がただ流れ落ちるのではなく、「滴り」といえば絵に描いたようなふくらんだ水滴を思うのである。
籐(とう)椅子のいつしか猫のものとなり 東京 草野准子
<評>使い込んだものの心地よさは猫にとっても同じらしく、すっかり占領されてしま…...
くちなはを見し草むらに踏み込めず 横浜市 斎藤山葉
<評>草むらを見ると、くねるように進む蛇の姿がよみがえり、足がすくむ。くちなはという呼び名も蛇の長さを思わせ恐ろし気だ。
今日からはなにを食ふべき暑さかな 八街市 山本淑夫
<評>何を食べたらいいかわからないという嘆きが猛暑を表す。どうしようもない暑さだ…...
廃屋となりし生家のかたつむり 川越市 大野宥之介
<評>住む人もなくなった生家に見いだした小さな生き物に、懐かしさと思い出が凝縮されている。五感に訴えてくるようだ。
片蔭(かたかげ)の直線多し大手町 つくば市 村越陽一
<評>人工的な官庁街の直線美を描いて、涼しさを感じさせる。明暗の対比もあざやか。
颯爽(さっそう)と日傘の男御堂筋...
日傘して小さくなりし世界かな 姫路市 田辺富士雄
<評>争いの絶えないこの世を視界から遠ざけ、自分の身の回りを大切に守る。日傘がそんな生き方を表すように思えた。
筆圧の熱き履歴書雲の峰 大阪市 すずしろゆき
<評>筆圧が強いのではなく熱いのだ。懸命に職を得ようとする焦燥感がそこに表れている。
しをりひも畳に垂るる大暑かな 大野城市 ...
<くらしナビ ライフスタイル>
何事も始めるのに遅すぎることはない。それが憧れていた対象であれば、なおさらではないだろうか。仕事や子育てが一段落したシニア世代が、思い思いに音楽活動を楽しむジャズバンドがある。名前は「ハッピーじゃむ」(横浜市)。メンバーたちは市内の老人ホームや地域のイベントに駆けつけ、多くの人に音楽と幸せを届けて...
<文化の森 Bunka no mori>
時間とお金の使い方によりシビアな効率性が求められるようになった時代。作家、上田岳弘さんの最新短編集『関係のないこと』(新潮社)は、新型コロナウイルスの感染拡大以降に変わった現代人の心象を書き留めている。収録された5作はバラエティーに富み、コロナへの直接的な言及は多くはない。ただ、パンデミ...
夏の京都は、風よりも石の上に涼がある。
京阪出町柳駅から地上に出ると、南へ3分ほどのところに「みたらし団子」と書かれた旗がはためいていた。てりてり輝くみたらし団子の下、「食べ歩き一本からどうぞ」の文字に口が勝手に動く。「一本ください」
みたらし団子の影を道路に落としながらさらに歩くと、賀茂大橋にさしかかった。橋の上から鴨川を望...
<文化の森 Bunka no mori>
「言論の自由守る」外地の出版物が示す信念
戦時下の混乱で失われ、作家自身も手に取ることを切望した“幻”の単行本が見つかった。『二十四の瞳』などの反戦文学で知られる作家、壺井栄(1899~1967年)が太平洋戦争末期に中国で刊行した短編集『絣(かすり)の着物』。何気ない日常をまっすぐなまな...