
山梨といえばブドウや桃、ワインや富士山を思い浮かべるが、実は宝飾産業も盛んだ。甲府市の職人が手がけた製品は「甲府ジュエリー」と呼ばれ、全国に流通する一級品なのに、地名度はいまひとつ。誰もが知る地域ブランドに育てようと、官民挙げたPRが続いている。
「友人に見せたら、欲しいと言われます」。甲府市国際交流課に勤務するフランス人のオランジュ・ファニーさん(31)は、身につけた銀色のネックレスを見てほほえんだ。胸元に光る赤紫色の宝石は、甲州名産の赤ワインをイメージしたデザインという。

宝飾産業は甲府市を代表する地場産業だが、「知名度はいまいち」(市幹部)。市はPRのため、職員に甲府ジュエリーを身につけてほしいと呼びかけ、これまでに約200人が賛同した。
起源は縄文時代
市によると、宝飾産業の起源は縄文時代にさかのぼる。山梨県北部の山麓(さんろく)で多くの水晶が産出され、縄文人は、石の代わりに水晶を矢じりとして使ったと伝わる。
江戸時代に入ると、京都から水晶を磨く技術が伝わった。研磨や加工の技術が発達し、明治以降は水晶を使った宝飾品の一大産地に。現在は海外から原料を調達し、研磨や彫刻、加工から流通までを手がける集積産地となった。街の工房や店のショーケースにはさまざまな指輪やネックレス、ピアスが並んでいる。
出荷額は全国トップ

経済産業省が2024年に公表した調査結果によると、都道府県別の宝飾品(付属品を除く)の出荷額は、山梨県が約348億円で全国トップ。2位の東京都を約70億円上回り、全国の出荷総額の2割を占めた。
製造や加工を担う事業所の数は146社に上り、こちらも全国最多だ。その事業所の9割が甲府市に集まる。県ジュエリー協会の柳本力理事長は「東京の高級ブランド店のジュエリーの多くは、甲府で何らかの加工が施されている」と胸を張る。
OEMの「壁」
では、なぜ知名度が低いのだろうか。そこにはOEM取引の影響が指摘されている。
OEMとは、メーカーが他社にデザインや価格を指示し、製造を委託すること。宝飾業界では、大手ブランドが委託先に契約を口外しないよう求めることが多いという。職人たちはPRすることができず、製品に産地が記載されることもないため知名度が上がらないという。
甲府市でジュエリー製造を手がける大寄(おおより)智彦さん(46)は「契約先のブランド名を明かしたら、今後の取引に影響してしまう」と語る。
目指すは「今治タオル」

そこで大寄さんや地元の職人たちは自社ブランドを立ち上げ、首都圏での販売を始めた。その一人、後藤晃一さん(50)は「購入する人の顔が見え、ターゲットが明確になることで我々のレベルも上がる」と手応えを感じている。
市も後押ししている。5年前には、市のふるさと納税の返礼品に甲府ジュエリーを加えた。
すると、24年度の寄付額は約74億2000万円に達し、20年度の約12億8000万円から6倍近くに増えた。返礼品の中でジュエリーの人気は高く、24年度は寄付額全体の7割で選ばれていた。

返礼品に自社製品を提供している後藤さんは「甲府の職人は小売りが下手と言われてきた。ふるさと納税は変われるチャンスだ」と期待する。
市はさらに、高校生対象のジュエリーデザインコンテスト「ジュエリー甲子園」を開催。若者に人気のインフルエンサーにPRを担当してもらう取り組みも始めた。
市商工課の角田哲課長は「いずれは、愛媛の今治タオルのようなブランド化を目指したい」と意気込む。まずは、特許庁が地方の名品を認証する「地域団体商標」の取得を視野に入れている。
大寄さんは「甲府ジュエリーが堂々と産地を公表し、大手ブランドとコラボできる時代が来てほしい」と願っている。【杉本修作】
Comments