「ほんものの節子の声が聞こえてきた」
2025年8月15日の終戦記念日に、高畑勲監督の『火垂るの墓』がTV放映されます。『火垂るの墓』が地上波で放映されるのは、実に7年ぶりのことです。
本作は太平洋戦争末期の神戸を舞台に、空襲で親を失った14歳の兄「清太」と4歳の妹「節子」の悲しい運命を描く物語です。
高畑監督はリアリティを追求する監督として知られており、なかでも節子の描き方は、優れた作画、演出などがあいまって、本当にそこに幼女がいるような実在感がありました。節子のリアルさが、ストーリーの悲しさを際立たせているのでしょう。
特にリアルだったのが、節子の声です。本作では当時5歳だった白石綾乃さんが演じています。白石さんは当時、大阪の劇団に所属していた子役でした。おもちゃのCMなどに出演した経験があったそうです。
それまで、日本のアニメでは幼い子供の役を大人の声優が演じるのが当たり前でした。高畑監督作の『アルプスの少女ハイジ』でも、5歳のハイジを当時20代だった杉山佳寿子さんが演じています。高畑監督はアニメで子供の声を年齢の近い子供に演じてもらうことを夢見ていましたが、実際には難しいのではないかと考えていました。
そして、関西弁の子役にお願いしたいという、高畑監督の注文に応える形で届いたオーディションテープのなかから白石さんの声を聞いたとき、高畑監督は「ほんものの節子の声が聞こえてきた」と有頂天になったそうです。音響監督の浦上靖夫さんも、「聞いた時にはドキッとしました」と振り返っています。白石さんに決まった時点で、声の収録後に絵を完成させるプレスコに決まったそうです。
白石さんは録音スタジオで、清太役の辰巳努さんと追いかけっこをして楽しくはしゃぎまわることもあったといいます。しかし、同じセリフを何度も繰り返しているうちに疲れてしまい、ときには泣き始めることもありました。
高畑監督は、節子の泣き声そのもののような、白石さんの泣き声を録音したい誘惑にかられたこともあったといいます。実際に、疲れてきたときの声を録音したこともあったそうです。
節子のリアルな泣き声は、音響監督の浦上さんが、普通の泣き声や白石さんが偶然風邪をひいていたときに収録した泣き声など、2、3種類の音を混ぜて作成しました。最後の死に際の場面は、白石さんは実際に寝ながら力を落として録音しています。
幼い白石さんに過酷な録音を強いることになり、高畑監督は罪悪感にかられることもあったそうですが、白石さんはくじけることなくやりぬきました。逆に、白石さんが「また泣いちゃうから」と、高畑監督たちを明るく脅すこともあったそうです。
映画公開時のパンフレットでは、白石さんは「史上最年少の声優」と紹介されていました。その後、入野自由さんが7歳で声優としてデビューしていますが、白石さんの年齢はそれを下回っています。しっかり演技をした声優としては、やはり白石さんが最年少の声優だったのではないでしょうか。
白石さんが現在どのような活動をされているのかは不明ですが、白石さんの名演のおかげで『火垂るの墓』が名作になり得たと言っても過言ではありません。高畑監督は白石さんとの思い出を振り返る小文に、「すばらしい幸運」とタイトルをつけています。
参考書籍:『ジブリの教科書4 火垂るの墓』(文藝春秋)、高畑勲著『映画を作りながら考えたこと』(徳間書店)
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