『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』は、6月20日よりNetflixで配信開始された以降徐々に視聴数を伸ばし、異例のヒット作品となっている。2025年8月12日の時点で約1億8460万回のグローバル視聴回数を記録し、英語映画として『レッド・ノーティス』(2021年配信、2億3090万回)に次ぐ第2位につけている。同時に、『レオ』(23)、『ミッチェル家とマシンの反乱』(21)、『クロース』(19)などの視聴数を上回り、Netflix史上最多視聴オリジナルアニメーション映画となった。映画オリジナル楽曲「Golden」はビルボードHOT100で1位を取得。この大ヒットを受け、Netflixと製作のソニー・ピクチャーズ・アニメーションは、続編や実写化、ミュージカル舞台の企画を進め、アカデミー賞も視野に入れているという。
『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』人気の理由は、複合的文化ミックスにある。K-POPガールズグループHUNTR/X(ハントリックス)の裏の顔が悪魔ハンターという設定で、韓国の伝統文化から音楽、ファッション、食など現代のポップカルチャーを巧みに融合させている。韓国に生まれカナダに移り住んだ共同監督のマギー・カンは、ドリームワークスやイルミネーションの作品でストーリーアーティストを務めていた。彼女のアイデアをもとに数年間にも及ぶ深い文化リサーチを行い、『スパイダーマン:スパイダーバース』(18)のソニー・ピクチャーズ・アニメーションが「世界中の人々がいま最も観たい」ファンタジーアクション映画を作り上げた。「イカゲーム」シリーズのようにローカルから異文化を発信するのではなく、グローバルな視点をもって韓国文化を描いたことが、Kカルチャーに魅せられた世界中の人々の想いと重なったのだろう。
悪魔退治をするHUNTR/Xの3人、ルミ、ミラ、ゾーイはハリウッド映画で描かれてきた強く逞しいヒーローではなく、ゆるキャラのルームウェアを着てラーメンをすする等身大の女の子たち。ステージで大勢のファンの期待に応えるK-POPアーティストたちが抱えるプレッシャーやメンタル問題も描かれている。声の出演にはアーデン・チョ(ルミ役)、アン・ヒョソプ(ジヌ役)、ケン・チョン(ボビー役)、イ・ビョンホン(グウィマ役)といった、韓国と北米の架け橋のような俳優たちがキャスティングされている。
Kカルチャーのなかでも、音楽のパワーは計り知れない。映画内グループHUNTR/Xが歌う「Golden」は、人気アーティストを手掛けるプロデューサーのテディ・パークのTHE BLACK LABELによる楽曲。配信直後からグローバルチャートにランクイン、8月16日付のビルボードHOT100で1位を記録した。これはK-POPとして9曲目、女性リードボーカルによる楽曲としては初、女性グループとしては2001年8月にデスティニーズ・チャイルドが「Bootylicious」で2週間首位を独占して以来24年ぶりとなる。英国チャートでは、PSYの「江南スタイル」以来でK-POP楽曲が1位を記録した。「Golden」以外も、悪魔の手下としてハントリックスに近づくSaja Boys(サジャ・ボーイズ)の「Soda Pop」など、サントラから複数の曲がビルボードにランクイン、ヒット要因の最大の理由となっている。
今作の視聴パターンは特殊で、配信開始以降減少するのではなく、週を追うごとに勢いを増している。第5週目には2580万回のNetflix史上最大の単週視聴回数を記録、第5週に視聴回数が増加した史上初のNetflix映画であり、持続的な視聴エンゲージメントを実証している。Netflixがランキングを発表する全93か国でトップ10入り、米英、韓国、日本、ドイツなど41か国以上で1位、8週連続でグローバルトップ10にランクインする稀な長寿記録作品となっている。まるで実在するK-POPアーティストのようなHUNTR/Xのマーチャンダイズや虎のぬいぐるみなどが人気を集め、Netflixが運営するオフィシャルグッズのオンラインストアの売上が400%アップを記録したという。
『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』の大ヒットの重要な点は、IP原作や続編でなく、完全なるオリジナルのPG(Parental Guidance Suggested, 保護者の判断によって年齢制限なく鑑賞可能)作品だということ。コロナ禍復興期以降、北米興行では『マインクラフト/ザ・ムービー』(25)、『リロ&スティッチ』(24)、『ヒックとドラゴン』(25)といったPG作品のヒットが続いている。劇場公開では家族連れが訪れること、配信では子どもたちが繰り返し観るためヒットしやすい傾向がある。ホラーなどのジャンル映画がヒットする一方で、子どもを連れて安心して観られる映画の重要性が再認識されている。『KPOPガールズ!デーモン・ハンターズ』配信開始後はK-POPファンやKコンテンツファンから火がつき、K-POPアーティストたちがSNSでダンスチャレンジや推奨動画をあげたことで広がりを見せ、楽曲がバイラルになり世代を超えた人気を博したと分析できる。
これらの大記録をもとに、来年3月の第98回アカデミー賞ノミネートにも期待が寄せられている。KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』は8月後半に北米複数都市でシンガロング上映(応援上映)を実施し、キャンペーンに弾みをつける。この人気が秋以降も持続すると、歌曲賞だけでなく長編アニメーション賞ノミネートも期待できるかもしれない。長編アニメーション賞の下馬評には、ディズニーが年末に公開する『ズートピア2』(12月5日公開)、A24が英語吹替版を劇場公開する『ナタ 魔童の大暴れ』(25)、細田守監督の最新作『果てしなきスカーレット』(11月21日公開)などがあがっているが、今年は大本命がない。以前はディズニー/ピクサー作品が圧倒的な強さを誇っていたが、米国外投票者が増えメンバーが若齢化した近年は様子が変わってきている。2023年はNetflix『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』、2024年はスタジオジブリの『君たちはどう生きるか』、2025年はJanus Filmsの『Flow』と、海外作品や独立系作品が受賞する傾向が続いている。『KPOPガールズ!デーモン・ハンターズ』はどこまで記録を伸ばすことができるか、Netflixも予想していなかったというサプライズヒット作品に注目が集まっている。
文/平井伊都子
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