父方の伯父は沖縄で戦死している。そのため、幼い頃から沖縄戦のことを聞かされた。あまりにつらい内容で、目を背けるようになった。しかし「木の上の軍隊」を見て、いままでにない思いにとらわれた。
10年前初めて沖縄に行った。父は伯父の慰霊のため幾度か訪れていた。だが年老いて、地元の北海道からの長旅が厳しくなった。そこで、代わりに赴いたのである。伯父の名が刻まれた「平和の礎」が建つ「平和祈念公園」に向かった。
観光タクシーの運転手さんの案内で園内を行くと、目の前に「摩文仁の海」が広がる。「見晴らしいいですね~」と嘆声をあげると、運転手さんが「ここで20万人が亡くなったのです」という。瞬間身の縮まる思いがした
身近にあり過ぎて遠ざけた
父は戦死者の遺族会に入って伯父の足跡を必死にたどり、沖縄戦史もよく勉強していた。そんな姿を見て育ちながら無知な自分、多くの血が流された地を踏んだ自分が情けなかった。
半面、物心ついてから沖縄戦に触れ続けてきたことが、自分の無知の一因となっていたとも言える。父が集めた体験者の証言記録、書斎のグラフ誌に載っていた戦場の写真は生々しく凄惨(せいさん)で、子どもには衝撃が強すぎたのだ。
映画も見たが、むごい場面に目を覆いたかった。戦死した伯父のために直視しなければ、と思うほど気が重くなり、沖縄戦を避けるようになっていった。
戦争映画なのにユーモラス
ところが、「木の上の軍隊」はこれまで見た作品と違い、残酷な描写は抑えられて、時にのほほんとした空気さえ漂う。固く閉ざしてきた気持ちをやわらげて、心に深く入ってくる。
太平洋戦争末期の沖縄県伊江島。宮崎から派兵された山下一雄少尉(堤真一)と沖縄出身の新兵・安慶名セイジュン(山田裕貴)は敵に追われてガジュマルの木に登り身を潜める。山下は長期戦を覚悟し、援軍を待つと決める。樹上での生活が始まるが、厳格な山下とのんきな安慶名の対照的な2人は反目する。しかし、安慶名は地元民の強みを発揮して食べられる植物や昆虫を採取し、山下の頼もしい相棒になる。
山下と安慶名の会話のズレ、米軍が捨てたたばこを取り合い、成人誌のヌード写真に見入る姿が笑いを誘う。本作は井上ひさし原案の舞台を映画化したもの。彼の創作姿勢を示す有名な言葉がある。「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに」
平一紘監督は舞台版の、シリアスだが滑稽(こっけい)な井上のイズムを取り込んだ。反戦という、正論ゆえに皆が構える部分をどうくぐり抜けるかが鍵になったという。
二重に傷つけられた悲劇
心を通わせていく2人。一方、本土から来た山下と、沖縄生まれの安慶名の間には埋まらない溝がある。軍国主義教育に染まりきった山下と、日本軍に故郷を戦地にされて、家族と親友を奪われた安慶名は時に激しく衝突する。
冒頭で伊江島に飛行場を建設するため、発破をかけて土地を削るシーンが登場するが、一瞬米軍の砲撃と錯覚させられた。敵であるアメリカはおろか、味方の日本からも傷つけられた、沖縄の悲劇を象徴しているかのようだ。
結局、県民が死力をつくして建てた飛行場は、米軍による占領を防ぐため自分たちの手で爆破させられる。
安慶名は山下に泣きながら叫ぶ。飛行場が造られた土地に元は何があったのか、もう覚えていない、島は元に戻らない、と。山田裕貴の正面からのアップ、迫真の演技と相まって、その言葉は私たち観客に投げかけられているようだ。突然、後ろめたさを感じて目を伏せた。
沖縄戦を敬遠してきたからではない。苦難を押し付けられてきた沖縄を痛ましく思いながら、ひとごとに感じていたからだ。私は北海道に生まれ育ち、いまは東京に住んで平和を享受してきた。だが沖縄は戦後も米軍基地が置かれて、彼らによる島民をも巻き込む事故、殺人や性暴力などの事件が絶えない。県民は屈辱の下、おびえ暮らしている。
「日本」をあぶりだす
安慶名が沖縄なら、山下は日本を体現する。本作が出色なのは、山下という「日本」を常に沖縄の隣に置いて、対比させている点にある。沖縄に犠牲を強いてきた日本があぶりだされて、県民以外の観客は沖縄の問題を自分事として捉えられる。
同時に、山下の苦悩を公平に描く。故郷の妻子への思いと、軍人としてのプライドに引き裂かれる姿は、堤真一の名演で彼も犠牲者だと気づかされる。
沖縄と日本、どちらとも適正な距離を置いて沖縄戦を考えたくなった。
木の上で2年間暮らし続けた2人は終戦を知り、帰郷を決意する。古里とは生まれた場所ではなく、愛する者やその記憶が刻まれた地だ。大切な人々を失った安慶名は、どう生きていったのだろう? 山下は宮崎に戻ってからも、彼に思いをはせたのではないか。80年たったいま、沖縄と本土も彼らのように歩み寄ることを切に願う。【早坂あゆみ】
Comments