ロシア・カムチャツカ半島付近を震源とする地震に伴い気象庁が津波警報や注意報を発表したことを受け、一部の自治体が沿岸住民に「緊急安全確保」や「高齢者等避難」を発令した。
しかし、国のガイドラインには、津波に関して自治体が出す避難情報は「避難指示」が基本と明記されている。
どの避難情報を出すかの判断はあくまで各自治体に委ねられているが、専門家は避難指示以外の発令は「適切ではなかった」と指摘する。どういうことなのか。
一部が緊急安全確保、高齢者等避難
総務省消防庁によると、地震があった7月30日は北海道から沖縄県までの約230市町村で避難指示が出され、最大で200万人余りが対象となった。
そんな中、一部の自治体では緊急安全確保や高齢者等避難が出された。
緊急安全確保を出した自治体は取材に「緊急性が高いと判断し、避難に時間のかかる高齢者らには垂直避難を促す趣旨もあり、緊急安全確保を出した」と回答。高齢者等避難を出した自治体は「津波注意報が出たので、避難指示とまではいかないまでも何か出しておきたいという町長判断だった」と説明した。
国のガイドラインでは……
2021年に施行された改正災害対策基本法は住民に対する避難情報を5段階の「警戒レベル」で示している。
そのうち、自治体が発令するものとして、高齢者や障害者らに危険な場所からの避難を求める高齢者等避難(警戒レベル3)▽全員に危険な場所からの避難を求める避難指示(警戒レベル4)▽命の危険があり直ちに身の安全の確保を求める緊急安全確保(警戒レベル5)――の三つがある。
ただ、内閣府が自治体向けに策定した「避難情報に関するガイドライン」では、津波に関して「基本的には『緊急安全確保』ではなく、『避難指示』を発令し、指定緊急避難場所等への立ち退き避難を促す」と明記している。
津波は地震発生から短時間でやってくることもあり、限られた時間でどの避難情報を出すかの判断は難しいほか、住民が混乱する恐れもあり、最初から避難指示一択にしておいた方がわかりやすいためだ。
また、ガイドラインには「(洪水、土砂災害、高潮などのように)切迫度が段階的に上がる災害ではないことから、津波に係る避難情報には、警戒レベルを付さない」とも記されている。
内閣府の担当者は「今回、各自治体がどういった判断で緊急安全確保や高齢者等避難を出したかわからないが」と前置きした上で、「ガイドラインの通り、津波の際は警戒レベルを付けず『避難指示』を出してほしい。今後も研修を通じて周知したい」としている。
避難指示以外が「不適切」な理由
今回のケースについて、専門家はどう見るか。
牛山素行・静岡大防災総合センター教授(災害情報学)はまず、緊急安全確保は他の情報と意味合いが異なる点を強調する。「緊急安全確保は、言い換えれば、『もはや避難所へ駆け込むことはやめて、今いるその場で安全確保を図る行動に切り替えて』という情報のことです」
大雨で堤防が決壊し、周囲が洪水にのまれた状況で、今いる建物の上の階に避難するような状況が典型例だという。
「国内で津波の兆候すら観測されていなかった時点で呼び掛けるべきは『立ち退き避難はもうやめて』ではなく『危険な場所から少しでも離れて』だった」とし、緊急安全確保は「適切な対応ではなかった」と指摘する。
高齢者等避難についても、「時間が切迫している津波は、早めの行動が必要な人とそうでない人の区別がつくものではない。津波に対して出すのはおかしい」とした。
今回の事案を教訓に
一方で、牛山教授は7月31日、「複雑化・高度化した災害情報にすべて対応できるかというと、こと地方の小さな役所では相当困難だろう」「そうした現場を誰がどう支えていくのかこそが課題だ」などと、投稿サイト「note」につづった。
実際、避難指示以外の情報を出したのは小規模自治体が多かった。
牛山教授は毎日新聞の取材に「(避難情報が)『わかりにくい』と言うのは簡単だが、それなりに議論して制度設計されており、少なくとも情報を出す自治体は現制度を理解してほしい。研修による普及に加え、防災担当の核となる職員を短期で異動させず、専門性を高めることも必要ではないか。『緊急安全確保』の意味を誤解している事例は過去の大雨災害でもあり、今回の事案を次の災害への教訓として生かすべきだ」と呼び掛けている。【尾崎修二】
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