約140チームがしのぎを削る埼玉県の高校球界に今年、静かな「地殻変動」が起きた。
5日に開幕した夏の甲子園に出場する叡明、春のセンバツ4強の浦和実はいずれも初出場で「寮」がない。
2000年以降、寮がない埼玉の高校が甲子園の土を踏んだのは、03年夏などに出場した聖望学園以外は両校だけだ。聖望学園もその後、寮ができた。
全国から有望選手が集まってくることはないが、地元選手を中心にしたチーム力で全国切符を勝ち取った。
「県内トップクラスは来ない」
甲子園開幕直前の7月末、叡明のグラウンドを訪れると、全員でテキパキと練習の準備をし、海のない埼玉には吹かない「浜風」対策のフライ捕球に取り組む部員たちの姿があった。
「うちはたたき上げ。県内トップクラスの選手は来ないですよ」
強豪・浦和学院出身で同校コーチも務めた経験がある内田匡彦部長は笑い飛ばす。
部員は全国どころか、高校の最寄り駅沿線から通う県東部の生徒がほとんどだ。
下校時刻は午後8時。ナイター設備や打撃用マシンはあるが室内練習場はなく、ウエートトレーニングルームも共有のため、他部の生徒で埋まって使えないこともある。
そんなチームが掲げるスローガンは「物事の本質を捉えよ」。こだわるのは練習の「質」と「効率」だ。
シートノックの最中、内田部長がバットを振るのをやめた。「今のはどうしてそのプレーをしたの?」。選手がしっかりと自分の考えを答えるのを待ってから練習を再開する。「選手一人一人に突き詰めさせる。帽子を取って、反射的に『はい、分かりました』というのは求めていません」
特徴的なのは、学年や先発・控えの区別なく、全員がほぼ同じ練習に取り組むこと。理由を尋ねると、指導陣の答えは「みんな野球が好きで入部してきたわけだから」。
限られた練習時間を有効に使うため、グラウンド整備も全員で取り組む。「同じ釜の飯を食う」ことはできないが、全員平等の練習スタイルがチームの実力を底上げし、一体感を作り上げてきたという。
「寮なし」ライバルが眼前で…
それでも、参加校数の多い埼玉を勝ち抜くのは難しく、夏の成績は県ベスト8止まりだった。
転機は春先の関西遠征。現地でセンバツの準々決勝、浦和実―聖光学院戦を観戦した。同じく寮がなく、限られた練習環境で全国に挑んだライバルが延長十回タイブレークから打者一巡の猛攻を見せて12―4と大勝し、ベスト4に進むのを眼前にした。
「自分たちにもできる」
甲子園に向けて目の色が変わったと、指導陣も選手たち自身も口をそろえる。
今夏の埼玉大会ではシード校の優位を生かして順調に決勝に進み、甲子園優勝経験のある花咲徳栄や浦和実を降して勝ち上がってきた昌平に5-2で快勝、初の甲子園出場を決めた。
立正大から社会人野球・日本通運に進み、浦和学院でコーチを務めた中村要監督は「肩書はどうでもいい。ユニホームや高校の名前で勝負するな」と発破を掛ける。
根本和真主将は「野球はポテンシャルだけじゃない。頭と心で全国の強豪とも戦えることを伝えたい」と意気込む。
春に続いて夏の甲子園でも、埼玉の「寮なし校」が番狂わせに挑む。【板鼻歳也】
Comments