斎藤元彦・兵庫県知事らの疑惑を追及していた竹内英明元県議(当時50歳)が今年1月に死亡したことを巡り、竹内氏の妻らは8日、政治団体「NHK党」党首の立花孝志氏(57)を竹内氏に対する名誉毀損(きそん)容疑で刑事告訴し、県警に受理されたと明らかにした。
<記者会見で竹内氏の妻が読んだ声明文の全文は次の通り>
私の夫、竹内英明は、昨年11月18日に兵庫県議会議員の職を辞し、今年1月18日に自ら命を絶ちました。
昨年の兵庫県知事選挙において、夫は立花孝志氏から「黒幕」と名指しされ、そこから夫の運命が変わりました。
その発信がなされた途端、ありとあらゆる方向から、夫を非難する言葉とともに、人格を否定し、夫を一方的に責め立てる攻撃が矢のように降り注ぎました。SNSには夫の顔写真が侮蔑の言葉とともにさらされ、立花氏の発信で「黒幕」とされた夫は、人々の憎悪の対象に、悪意を向ける標的とされました。
私たちは、どこからともなく浴びせられる攻撃に日夜さらされ、何が起こるかわからない不安に絶えず苛(さいな)まれ続けました。いつ終わりが来るのか、いつまで耐えればいいのかもわからず、絶望の中で、ただ息を殺して時が過ぎるのを待つことしかできませんでした。
夫は疲弊し、家族を巻き込んでしまったことで、もうこの仕事を続けることはできないと判断し、議員を辞職しました。自分が政治家として社会にできることは、もうない。暴力に、攻撃に屈した自分は「負けた」「逃げた」と嘆き続けていました。生涯をかけて打ち込んできた議員の仕事、その職責から逃げた自らを責め、自己を否定し、もがき苦しんでいた姿が、今も脳裏に焼き付いて離れません。
夫は自ら望んで命を絶ったのではありません。間違いなく、この兵庫県政の混乱の中で追い詰められ、孤立し、社会に絶望してこの世を去りました。
1月18日に夫が命を絶ってから、半年が過ぎましたが、恐ろしいことに、一度出た言説はいつまでもしぶとく、今も残り続けています。
夫に関する言説について検証がなされ、それらが事実でないと明らかにされても、「すべての可能性が否定されたわけではない」「デマと捉えられるような言動をしていたからだ」「悪いことをしていたんだろう」「自業自得だ」「誹謗(ひぼう)中傷で死ぬはずがない」、そんな言葉で夫の死は語られます。
反論することのできない死者を愚弄(ぐろう)し、蔑(さげす)み、死してなお辱めを与える。悲しみの底に沈みもがき苦しむ私たち遺族にとって、このような堪(た)え難いことがあるでしょうか。
故人に対する誹謗中傷は今現在も止(や)みません。そしてそれは、声を上げないことには止むことはありません。声を上げることは、誰にでもできるたやすいことではなく、表に出ることで再び批判にさらされる、攻撃されることを恐れる気持ちが、今も私の頭を支配しています。何を言われようと耳をふさぎ、目をそらして生きていけばいいのかもしれない。しかし、それは夫が懸命に生きたことから目をそらし、蓋(ふた)をすることです。夫の死を悼み、悲しむこともできず、ともに歩んできた日々を懐かしく思い返すこともできず、すべてに蓋をして生きていくことを強いられる。遺族にとってそんなむごい話があるでしょうか。
私は夫の尊厳を守りたい。それは自分の尊厳を守ることでもあるからです。夫は死んでも、遺族の心の中に生き続けています。夫が死んでも私は夫の尊厳を守ることを決めました。そう思い、声を上げることを決めました。
どれだけ望んでも、夫が戻ることはありません。人の命はかけがえのないものであり、たった一つの命であっても、軽んじられることはあってはならない、これは明白なことです。
なぜ、夫はあのような最期を迎えねばならなかったのか。生きる力を失い、苦しみの中にある人間をさらに傷つけ、蹂躙(じゅうりん)する。声を上げられずに苦しむ人間を、さらに痛めつけ、追いやる行為が許されていいはずがありません。
デマで人を貶(おとし)め、死者に鞭(むち)打つ行為が平然と、公然と行われる。民主主義の根幹をなす選挙が、死者の冒涜(ぼうとく)に利用されることの異常さ、悪質さを私たちはもっと深刻に受け止めなければならないと思います。
最後に、無力であった私が、弁護士の先生方をはじめ多くの方々から手を差し伸べていただき、こうして声を上げることができました。生前にご縁のあるなしにかかわらず、世の多くの方々が夫の死を偲(しの)び、思いを馳(は)せてくださいましたこと、この場をお借りして感謝申し上げます。
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