高校野球の甲子園大会をめぐるテレビの報道姿勢が「少しおかしい」と感じる人もいるのでは。8月7日の初戦を勝ち上がった広陵高校(広島県)の暴力問題について、テレビ朝日系列の「熱闘甲子園」では1ミリも触れられなかった。
あれを報道番組と捉えるかどうかはさておき、テレビは高校球児の暴力沙汰に少し甘いのではないか。今大会では猛暑での運営のありかたも問われている。
テレビと高校野球の甲子園大会との関係性について、現場を知る者として「ひとつの現実」を提示しておきたい。甲子園で求められるコンテンツは間違いなく「美談」だ。
その虚飾めいたコンテンツをいつまで作り続ければよいのか。制作現場には取材対象者からセクハラをうけたという被害の声も聞かれる。そして、「美談コンテンツ」を作るレースから下りて、批判的なことを報じようとしたとき、強烈なクレームが局に届く実態も示しておきたい。おそらくこれはテレビ局だけでなく、全国紙や地方紙の問題でもあると思う。(テレビプロデューサー・鎮目博道)
●「ジャニーズのときと一緒」暴力問題、酷暑問題が浮きぼりにする甲子園報道の限界
今年の甲子園大会に、主に2つの問題が直撃している。
広陵高校の硬式野球部内で起きた「暴力事案」が発覚し、高校から報告をうけた高野連が出場を認めた。重大な問題であり、被害者が転校し、加害行為に及んだとされる部員が出場しているとの情報が流れ、SNSには誹謗中傷が盛り上がっている。
そして、記録的な酷暑で警告が発せられ、「開催の危険性」が指摘される状況でも、高校野球は多少の対策を取っただけで開催されている。
試合中に足をつった選手が出ても「相手校の選手が水を渡したり冷やしたりする」光景が美談のように報じられ、「熱中症の疑い」を厳しく指摘するようなものは見かけない気がする。
このような報道姿勢に対して、忖度や遠慮があるのではないかという指摘もある。
それは的を射ている。テレビ業界にいる私は「故ジャニー喜多川氏の性加害をメディアが報じなかったこと」と同じ構図がそこにあると感じる。
ほぼ、「ジャニーズの時と同じ説明」が「甲子園に対するテレビの報道姿勢に腰がひけていること」について成り立ってしまう。詳しく説明しよう。
●「高野連」「高野連担当のスポーツ局」「報道局」というヒエラルキー
テレビ局にとって、ジャニーズ事務所(旧)も高野連も非常に強力なパワーを持ち「口うるさい得意先」という共通点がある。
ジャニーズに「ジャニ担」と呼ばれるテレビ局の制作局担当者がいたのと同様に、高野連にも局側担当者がいる。テレビ局のスポーツ局の担当者が高校野球に関する全てを取り仕切る。
通常であればニュース番組を制作するのは報道局だ。しかし、スポーツ関連は「スポーツ局」の担当となる。
高校野球に関しては映像の取り扱いルールや、原稿の表記の決まりなどが厳格に定められているため、「スポーツ局の高校野球担当者の指示がなければ何もさわることができない」という感覚が各局ともにニュース番組担当者の間で浸透している。
だから、出場校のスキャンダルなどを報じようとしても、報道局側に遠慮が生じる。高野連とのパイプであるスポーツ局への社内的忖度が発生する。
高野連との関係性が最優先のスポーツ局担当者は、「高野連が嫌がりそうなことは、可能な限りやらずに済ませよう」という姿勢で仕事をすることが多い。
あたかも「制作のジャニーズ担当が困るようなことをすると、うちの制作局に迷惑をかけるから」という、ジャニーズ問題の時と同じ構図がここに成立しているわけである。だから、「夏の甲子園」に対する批判的な論調は、どこの放送局でもあまり声高に叫ばれることはない。
●テレビ朝日系列で高校野球取材は新人の「登竜門」であり、求められるのは「美談」
そして、特に私がいたテレビ朝日系列のテレビ局と、朝日新聞社にとって「夏の甲子園」は全社的な一大イベントである。言ってみれば「主催者であり、放送権を持っている」という立ち位置になる。
他の地域ではあまり知られていないが、大阪の朝日放送では全試合をテレビとラジオで毎年中継しているから、まさに系列全局を挙げて「夏は甲子園とその予選の取材」に当たるわけである。
テレビ朝日系列の各局でも、朝日新聞でも、新人にとって高校野球取材は「登竜門」であり、高校野球取材を通じて、記者・ディレクター・技術者・アナウンサーとしての技能を磨く場なのだ。
そこで求められる「最高峰のコンテンツ」は野球の技術論などではない。間違いなく「美談」だ。
『熱闘甲子園』を見たことがある人ならわかるだろう。あれこそが朝日系列が制作する甲子園コンテンツの「最高峰」であると言っていい。
「青春」「感動」「美談」「汗」「涙」といった「高校野球と球児たちに関する美しいもの」を探すことが、全国の朝日グループのスタッフたちにとって至上命題となるのだ。新人ならなおのこと。「高校野球取材でいい美談を見つけてくることが、今後の出世につながる」と思って、全力で頑張ることになる。
●美談で飾ろうとする「最高峰コンテンツ」の影に…「セクハラ被害に泣く女性取材者」
ただ、私は多くの「朝日グループ関係の若い女性たち」から、異口同音に「ある悲痛な声」を聞いたことがある。
それは、高校野球取材をしている時に「取材先関係者からセクハラ被害を受けた」という話だ。女性取材者の被害経験談を耳にすることはよくあるという声は、私の周辺からも聞かれる。しかも往々にして「上司はまともに取り合ってくれない」という話とセットとなっている場合が多い。
朝日グループをあげて「美談に仕立てたい」という気持ちが強すぎることの弊害が、こうした形でも顕在化しているのではないか、と思う。他のメディアの事情はわからないが、美談をつくろうとしているのは朝日グループだけではなく、たとえば地方メディアにも共通していると感じる。
●批判的な報道に反応する高校野球OBたち
そして、実際に現場で番組を制作する立場から言わせてもらうと、もうひとつ高校野球には「ネガティブなことを言いづらい」要素がある。
それが「高校球児OBたち」の声である。甲子園に関する批判的な声を放送すると、OBからの激しいクレームが寄せられることがある。その中でよく聞かれるのが「経験したことのない者に何がわかるのだ」という趣旨の意見だ。
「甲子園は特別なもの。そこに出場経験のある高校球児以外に批判的なことを言われたくない」という主張が強硬になされることが多い。「経験したことのない者は黙れ」ということだろう。
しかし、熱中症の危険や、暴力事案やスキャンダルの多発などに、経験者以外は物申すなという主張はあまり意味をなさないのではないか。むしろそうした「特別視と過度な美化」こそが多くの問題の原因を生んでいる気がする。
そうした「特別視と過度な美化」の背景にテレビ局や他のメディアの姿勢が大いに加担してしまっていることも含めて、そろそろ冷静に「夏(と春)の甲子園のあり方」を議論すべき時期が来ているのではないだろうか。
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