
雄大な自然を堪能しながら、自分だけの時間を楽しむ――。
8月11日は山の日。今、単独で山に登る「ソロ登山」の人気がじわじわ広がっている。
遭難事故の約4割は単独登山者だ。リスクが高いことも認識されつつあるが、それでも「ソロ」にこだわる人々の心理とは。
「やめられない」
<ソロ登山の魅力にとりつかれてしまった>
<ミスして危険な目にもあったが、それでもやめられない>
<パーティー(団体)も好きだけど、本当に自由なソロもいい>
登山シーズンを迎え、X(ツイッター)上には単独登山経験者のこうした投稿が相次ぐ。
一方で、単独登山者による事故は頻発している。

今夏も北アルプスや富士山などで、疲労で動けず救助要請したり、滑落して死亡したりするケースがあった。
<救助費用は全額請求すべきだ>
<なぜ家族は止めない>
Xでは単独登山者に対する批判の声もやまない。
登山関連の動画が人気に
遭難事故のリスクがあってもやめられないソロ登山の魅力とは何だろうか。
交流サイト(SNS)や動画投稿サイトでも、登山関連の動画は多い。
難易度の高い山に挑戦する様子から、登山グッズやテント泊の際に作る「キャンプ飯」の紹介まで内容はさまざまだ。
単独で国内外の険しい山々に挑む登山系ユーチューバーの麻莉亜さんもその一人。チャンネル登録者数は約24万人に上り、ヨーロッパアルプスの最高峰モンブランに登った動画は160万人以上が視聴した。

ソロでしか味わえないもの
「山は私にとってサバイバル力を試す場。だから、緩やかな山より険しい山が好きです」
自身の力量に合わせて山を決め、計画を立てて必要な装備を準備し、実行する。全てを1人でやり遂げると今までにない「達成感」が得られた。
難易度が高いルートや雪山では周りに登山者がいないことも多い。
「普段感じることのできない孤独感は、大自然の一部に溶け込むような感覚。やめられなくなりました」
そんな様子を動画に収め、2020年から配信をスタートさせた。日本最難関とされる北アルプス縦走や剱岳登頂も成功させてきた。

登山にのめり込むきっかけは
麻莉亜さんがソロ登山にのめり込むきっかけになったのは、実は遭難しかけたことだった。
大学院の研究対象だった少数民族の宗教儀礼を見るために、グアテマラの里山を訪れたときのことだ。足元はゴロゴロした溶岩が転がっていたが、2~3時間あれば登れるほどの標高だった。
だが、もうすぐ山頂というところで岩場に足が挟まって抜けなくなった。軽装で、食料はほとんど持っておらず、登山するとは誰にも伝えていなかった。
何とか自力で足を抜き、人の声が聞こえる方へ進んで下山できたものの、登山の怖さを思い知った。
「山は知識や技術を身に付けないまま行くと命の危険がある場所だった」
リスクを減らせば、登山をもっと楽しめるはず。麻莉亜さんは独学で登山に関する勉強を始めた。
安全対策を発信
麻莉亜さんのユーチューブでは、雪の絶壁を登りながら「怖い」とつぶやく場面や、遭難した経験も包み隠さず伝えている。

登録者数が増えるにつれ、「私もソロ登山始めました」とコメントが寄せられるようになった。
しかし気になることがあった。
「ソロの魅力は発信してきたが、安全対策は……」
そんな思いから今年4月、「ソロ登山の教科書」(マイナビ出版)を出版。基本の装備に歩き方、体力作りから、想定外の事態への対応などをつづった。
「登って終わりではない。下山するまでを考えてほしい」
怖さ感じる手前で
麻莉亜さんは日々平地でできるトレーニングを積んで、体力と登る山に合わせた装備を準備し、登山ルートは家族と共有する。
「ガチガチに準備して行きます」
加えて大事にしているのは「怖い」と思う自分自身の気持ちだという。
「足が進まないほどの恐怖を感じた時は、今の実力では無理だということ。登るのはその一歩手前までにするよう心がけています」
コロナ禍で盛り上がり

ソロ登山人気の背景には、新型コロナウイルス禍で人との接触がしにくくなったこともあるようだ。
登山地図アプリ運営を手がける「ヤマップ」(福岡市)の広報PRマネジャー・上間秀美さんが語る。
「近場の山に登る『低山ブーム』もそのころから。写真や動画に収めたり、食や温泉を堪能したり、山頂を目指すだけではない楽しみ方も広がり、登山のハードルが下がったのではないでしょうか」
そうした「気軽さ」は、ソロ登山にも通じると上間さんは分析する。
ただ、「準備はできるだけした方が良い」とも強調する。まずは「三種の神器」と呼ばれる登山靴、ザック、レインウエアをそろえ、非常時に役立つ登山アプリや、位置情報共有サービスも持っておくと安心だ。
「ソロは自分で登山計画を立て、自分で装備をそろえる。それが危機管理に直結します」

遭難者の約4割はソロ
警察庁によると、2024年の山岳遭難者は3357人で前年から211人減った。
最も多いのが道迷い(1021人)で、転倒(671人)、滑落(577人)と続く。
そのうち単独登山者は1311人(前年比112人減)。全遭難者に占める割合は39・1%と高止まりしている。
また、複数の登山者が遭難した場合に比べ、単独での遭難は死亡する割合が高い傾向にある。
山岳遭難者の位置を電波で知らせるサービス「ココヘリ」を提供する福岡市の企業「AUTHENTIC JAPAN(オーセンティック ジャパン)」が23年4~9月にココヘリを通じて通報があった90件を調べたところ、76・67%が単独登山だった。【田中理知】
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