「雪風」が示した“今日と明日の命を守る決意と覚悟”

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「雪風 YUKIKAZE」Ⓒ2025 Yukikaze Partners.
「雪風 YUKIKAZE」Ⓒ2025 Yukikaze Partners.

 「本当に詩的なタイトルだよね」。太平洋の向かい側、米サンフランシスコのピクサー・アニメーション・スタジオで、一緒にアニメーションを作っていた監督のマーシャ・エルスワースに、筆者は日本の終戦記念日公開の日本映画「雪風 YUKIKAZE」のタイトルについてこう話しかけた。

 代表作に日本の観客にも愛された「インサイド・ヘッド2」もある、リードテクニカルディレクターの彼女との会話の中に「雪風」が登場したのは、2024年の米アカデミー賞視覚効果賞の栄光に輝いた「ゴジラ-1.0」の話の中でだった。

ピクサー映画人の胸を打った「ゴジラ-1.0」

 意外かもしれないが、別に複雑な内容ではない。世界の映画産業における視覚効果分野の頂点に立っているとも言える彼女は、「ゴジラ-1.0」を映画館で2度も見て、同作のメッセージに胸を打たれたという。ゴジラを阻止する前に「本作戦では一人の犠牲者も出さないことを誇りとしたい」という吉岡秀隆のセリフに縮約されていた、命への思いや決意がそれだった。

 ナチスが世界を破壊するかもしれないという不安の中で核爆弾を作り出したが、その結果世界が滅びるかもしれないという罪悪感とともに余生を送るしかなかった人物がタイトルロールである「オッペンハイマー」が作品賞を受賞したアカデミー授賞式で、「ゴジラ-1.0」が巨匠リドリー・スコットの「ナポレオン」を抑えてアワードウイナーになったのは、運命的な巡り合わせだった。

「雪風 YUKIKAZE」Ⓒ2025 Yukikaze Partners.
「雪風 YUKIKAZE」Ⓒ2025 Yukikaze Partners.

“誰かを生かす”ために運用された艦艇

 魚雷で敵の艦艇や潜水艦を攻撃する、つまり「誰かを殺す」という本来の用途とは異なり、一人でも多くの乗組員を救助し、「誰かを生かす」ために運用された艦艇の名前なら、英語の「blizzard」や「snowstorm」よりも詩的なニュアンスである「雪風」がはるかに似合うのではないか。

 映画が始まるやいなや目を引いたのは、映画の“観察者”の役割をする井上壮太(奥平大兼)を海から救い出し、「寝るな」と必死に起こす先任伍長・早瀬幸平(玉木宏)の姿である。

 面白いのは、玉木が2009年の戦争映画「真夏のオリオン」でも似たような性格の主人公(イ-77潜水艦艦長の倉本孝行)を演じたこと。

「雪風 YUKIKAZE」(C)2025 Yukikaze Partners.
「雪風 YUKIKAZE」(C)2025 Yukikaze Partners.

国の平和と次世代のために

 敵と対峙(たいじ)する一触即発の状況でも、食事を抜きがちな部下たちを意識してわざとカレーライスをおいしそうに食べ、特攻のことばかり考えていた回天の搭乗員に人生の意味を悟らせる優しい兄貴のようだった16年前の彼は、「雪風」では、戦禍の中でも敵国の映画を語る無邪気な部下たちを生還させるために最善を尽くす、父親のような先任伍長になっていた。

 「真夏のオリオン」だけでなく、「聯合艦隊司令長官山本五十六 太平洋戦争70年目の真実」や「空母いぶき」などの映画で繰り返し登場した、「国の平和と次世代の未来のための戦い」に命を懸ける人物の“アドバンスドモデル”なのだ。

「雪風 YUKIKAZE」Ⓒ2025 Yukikaze Partners.
「雪風 YUKIKAZE」Ⓒ2025 Yukikaze Partners.

立体的な人物となった寺沢艦長

 一方、早瀬と「命を守る」という方向性は同じでも、緊張感を醸成しドラマの興趣を最大化させながら物語をリードするのが、竹野内豊の演じる雪風艦長、寺沢一利である。

 本来は戦争反対論者だったが、いざ戦争が始まると誰よりも勇猛で冷徹な指揮官として活躍する彼の姿は、たとえ戦争では敗北しても敗者の意識に堕せず、置かれた立場で最善を尽くしたことを誇りとする武士そのものである。

 竹野内も玉木と同じように、かつて似た人物に扮(ふん)し、演技的成功を収めたことがある。平山秀幸監督による「太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男」の大場栄大尉だ。

 ただ、大場が武士道に大きな比重を置き、“武士の一分”あるいは“不屈の意志”を体現した一直線の人物であったのに対し、「雪風」の寺沢は、中盤までは「死の美学」を求めながら昔の仲間たちの後を追おうとする典型的なキャラクターに見えるが、指導部が無謀な犠牲として部下たちを追い詰めると、生への道に目を向ける立体的な人物というのがとても興味深い。

「雪風 YUKIKAZE」Ⓒ2025 Yukikaze Partners.
「雪風 YUKIKAZE」Ⓒ2025 Yukikaze Partners.

終戦60年記念作「男たちの大和」

 ここで自然と思い浮かぶのが、現代から見ても不足のない予算と規模で、終戦60周年記念にふさわしく作られた「男たちの大和/YAMATO」である。

 その成果をたどってみると、20年後に製作された「雪風」はさらに輝きを増す。「男たちの大和」は“ミスター超大作”佐藤純彌監督の後期代表作にして、21世紀初頭の日本映画の代表的なブロックバスターであり、当時の日本映画界を代表する豪華キャストと最先端の映画技術で、戦場へ向かう群像劇を悲しみに満ちたトーン&ムードで描いている。そして、「ヤマト」といえば宇宙戦艦しか知らなかった当時の若者に、太平洋戦争末期の坊ノ岬沖海戦で壮絶な最期を迎えた世界最大の軍艦の存在を刻印した。

 同作が映画的にも高く評価される理由は、集団と個人、自由意思と体制、そして共同体の中での疎外と連帯など、多様なテーマを個性的な登場人物に投影し、フレッド・ジンネマン監督の「地上より永遠に」を連想させる傑作となっているからだ。

「雪風 YUKIKAZE」Ⓒ2025 Yukikaze Partners.
「雪風 YUKIKAZE」Ⓒ2025 Yukikaze Partners.

満足感と希望に満ちた拍手引き出す終幕

 そして、20年の時を経て作られた「雪風」は、ワールドクラスにまで発展した視覚効果とそれにふさわしく深化した主題によって、より一層感動的だ。

 「男たちの大和」が、侍の“壮烈な最期”の現代的変容を見せたのだとすれば、「雪風」は、玉砕に向かって進む連合艦隊の中で一人でも多くの戦友を救うために奮闘した駆逐艦を通して、敗戦の悲しみにとどまらず、“命への思いや決意を守る覚悟”を示しているからである。

 かくして本作は、昨日を無駄にしない今日の風景を見せる結末部によって、“粛然と涙にくれた拍手”ではなく、“満足感と希望に満ちた拍手”を引き出している。

 資本構造や産業環境の変化などにより映画産業が混乱する中でも、粘り強い日本人が創作する日本映画の発展は止まらない。そう考えれば胸いっぱいになる現状を、2000円をはるかに超える価値のある感動とともに確かめたいのであれば、急いで劇場に向かうべきだろう。(洪相鉉)

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