環境化学、生態毒性学の先駆的研究に取り組み、地球規模の生態系の化学汚染を実証して警鐘を鳴らしてきた元愛媛大学沿岸環境科学研究センター長の田辺信介・特別栄誉教授(74)が病気療養中の6月30日に死去した。親族の了承を得て愛大環境化学研究室が8月19日夜、明らかにした。葬儀は親族によって営まれた。
田辺さんは大分県生まれ。1977年に愛大助手となり、ダイオキシンやポリ塩化ビフェニール(PCB)などによる化学物質汚染の世界的実態を明らかにした故立川涼(たつかわりょう)さん(後に愛大名誉教授、高知大学長)のもとで残留性有機汚染物質の影響を地球的視点で究明。南極や北極圏まで汚染が拡大していることを実証するなど研究成果を報告し、96年には教授になった。
クジラ、イルカなどの鯨類、アシカ、アザラシなどの鰭脚(ききゃく)類の母乳は脂肪分が多く、脂に溶けやすいPCBなどの残留性有機汚染物質は授乳で母子移行する。田辺さんは94年、外洋のスジイルカ体内に残留していたPCB類の約6割の量が母から子に移ったことを分析し論文で発表して毒性リスクを指摘した。
これらの動物は酵素で薬物を分解して体外に排出する機能が発達していない。このため太平洋西部のスジイルカは海水中の1000万倍のPCB類を蓄積していることも田辺さんは80年代から明らかにしてきた。これらの研究は内外で高く評価され、2011年、紫綬褒章を受章した。
05年には愛大に生物環境試料バンク設置を実現。過去半世紀にわたって世界で採取した約1500種、12万5000点以上の生物試料を冷凍保存する、世界最大級の試料データベースとなった。内外の科学者との共同研究で、世界のどこが、いつから、どのように汚染されているかを把握することができる。
田辺さんの教えを受けた愛大環境化学研究室の国末達也教授によると、立川さんが常に門下生を励ました言葉が「Something New(新しいことを)」だったのに対し、田辺さんの口癖は「Never Sleep Study Hard(寝ずに励もう)」だった。「今の時代にはそぐわないかもしれませんが、もう一つ」として、「研究費は国民の税金だ。得られた成果は必ず世の中に出す」という言葉を挙げた。成果を世に還元すること。国末さんも学生に絶えず促している。
研究室によると、田辺さんは愛大で学士111人、修士114人、博士53人(うち留学生35人)を指導した。元留学生は追悼コメントを研究室のSNSに投稿。門下生らは追悼文集を出すことにしている。【松倉展人】
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