
ポストコロナの時代とささやかれるようになって以来、記者がここに来るのは3回目になる。
東京大の精神的象徴とされる安田講堂。かつての全共闘世代でもなければ、学歴社会の頂点とも無縁の記者が訪ねるのは、新たな知を求めているからなのかもしれない。講演の内容が難しくても、講堂内の格調高い雰囲気がそんな思いを抱かせてくれる。
ノーベル生理学・医学賞を受賞したスバンテ・ペーボさんの記念講演も、社会学者の吉見俊哉さんの最終講義もそうだった。だが、今回は少し勝手が違った。講演の内容も興味深かったが、その舞台を作り上げた黒衣役に興味を抱いた。
山田早輝子さん。「自分の職業に名前を付けたことがない。だから、何をやっているか分からない『怪しい人』と言われます」。そう言って笑った。
「登壇者はみなさんお知り合い」
6月、安田講堂で「Sports Doctors Network(SDN)」のカンファレンスが開かれた。サッカー・スペイン1部リーグのレアル・マドリード、米プロバスケットボールNBAのレーカーズ、米大リーグのヤンキースなど、世界屈指のプロチームの医療関係者らが国や競技の枠を超えて連携するために2023年に組織された団体だ。
メンバーの多くが医師や研究者といった専門職だが、山田さんはそのどちらでもない。レアル・マドリードのメディカルアドバイザーを務めるニコ・ミヒッチ最高経営責任者(CEO)の指揮の下、最高執行責任者(COO)として事業全体を統括する。
SDNは24年以降、米ハーバード大や国際サッカー連盟(FIFA)本部などでカンファレンスを重ねてきた。アジアでの開催は今回が初めて。ふさわしい場所として山田さんが選んだのが、安田講堂だった。
「―最先端スポーツ医療を、すべての人へ―」とうたった講演の内容は医療だけでなく、睡眠や食など多岐にわたった。スポーツ庁の室伏広治長官が「国民のライフパフォーマンス向上」を説いたかと思えば、ノーベル財団の理事長でもある分子細胞生物学者が最前線のがん研究を語る。SDNからはミヒッチさんのほか、レーカーズのチームドクターらが参加した。
このほか、国内では宇宙飛行士の山崎直子さんや経済学者の成田悠輔さんのほか、スポーツ界からは女子テニス元世界4位で46歳まで現役を続けた伊達公子さん、元サッカー日本代表で腸内細菌を研究するベンチャー事業に取り組む鈴木啓太さんら多士済々のメンバーが顔をそろえた。
山田さんは人選について「ハーバード大でのカンファレンスは医師らの参加者が多く、専門的な議論に偏りがちだった。今回はもっと幅広い分野で活躍する人々が話をすることで、いいシナジー(相乗効果)を生み、一般の人々が活用できる内容にしたかった」と説明する。
驚いたのはこの先。さらりと付け加えたのだ。
「基本的には登壇者はみなさん、私のお知り合い。この人がいいのでは、と思った方に声を掛けました。映画のプロデューサーもしているので。そんなイメージでした」
転機は米国での出会い
山田さんは東京都で生まれ育った。初等科から聖心女子学院で学び、…
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