
国際的に活躍する写真家の石内都さん(78)の評価をさらに高めたのが、原爆資料館(広島市)が所蔵する遺品を撮影した「ひろしま」シリーズだった。
光の下でゆらめくように写る写真は、まず持ち主の「生」を浮かび上がらせる。そして、私が着ていたかもしれないと思わせ、続いて、かつて着ていた人の痛みや、戦後持ち続けた人のことを想像させる。原爆の威力や悲惨さをすくい取ろうとした「ヒロシマ」ではなく、女性の、石内都という個人が出合った「ひろしま」だと言えるだろう。
石内さんの写真を見続けている広島市現代美術館の松岡剛学芸員は、原爆の非体験者による表現には、つきまとう難しさがあると指摘する。そのうえで言う。
「言い方は悪いかもしれないが、怒りや喪失といった当事者性を偽装したり、人の体験を収奪したりすることを、石内さんは絶対にしようとしない。部外者としての当事者性を立ち上げて、あれだけ美しくて力強い作品を作っている。自分がひかれるものをひかれるままに撮るというまっすぐな表現で、原爆と表現を巡って横たわる難しい問題を一気に飛び越えた」
「4文字を覚えて帰って」
そうして撮られた写真は今、世界各地の展覧会を巡っている。昨年7月には、文化・芸術分野で活躍する女性に贈られる「ウーマン・イン・モーション」写真賞を受賞。仏アルル国際写真祭で開催された授賞式では拍手喝采を浴びた。晴れがましいその日に身にまとった絽(ろ)の着物は、5年前に亡くなった、ある被爆者の女性のものだった。
昨年7月、日が暮れたアルルの古代野外劇場。授賞式会場の背景に、…
Comments