
声優、ナレーター、俳優……さまざまなフィールドで活躍している津田健次郎。最近ではNHK連続テレビ小説(朝ドラ)「あんぱん」に出演し、主人公・のぶ(今田美桜)の成長を支えた重要な人物、東海林役がハマり役として話題を呼んでいる。アニメでも実写作品でも引っ張りだこ、津田健次郎の魅力に迫った。
キャリアのスタートは舞台から
「ゴールデンカムイ」(尾形百之助役)や「呪術廻戦」(七海建人役)など多数の人気アニメ作品に出演しているため、“津田健次郎といえば声優”といったイメージを持つ人は少なくないと思う。
しかし、大学で演劇学を専攻し、在学中に演劇養成所に入所した津田にとって、“演じる”ことの原点は声優ではなく、演劇だったと言えるだろう。
養成所卒業後、舞台や映像作品で俳優としてのキャリアをスタート。テレビアニメ「H2」(1995年)の野田敦役をオーディションで得て、声優デビューを果たす。その後「遊☆戯☆王デュエルモンスターズ」(海馬瀬人役)や「テニスの王子様」(乾貞治役)などのアニメで、声優としての人気を高めていった。

ナレーション、吹き替えも
2020年の朝ドラ「エール」では語りを担当し、本編にも顔出し出演を果たした。俳優としてはその後も、テレビドラマ「西園寺さんは家事をしない」(TBS系、カズト横井役)や「トリリオンゲーム」(同、映画「劇場版」も。功刀数良役)に出演。25年3月にフジテレビ系で放送されたドキュメンタリードラマ「1995 地下鉄サリン事件30年 救命現場の声」ではドラマ初主演を果たした。
映画「ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング」日本語吹き替え版でガブリエル役を演じたり、TBS系の報道番組「情報7daysニュースキャスター」でナレーションを務めたりと、多方面で活躍している。
低音、深みのあるトーンに安心感
津田の魅力は、なんといっても低音の声。深みのある落ち着いたトーンで、聞く人を安心させる。その声が、キャラクターの造形に大いに貢献する。
例えば「呪術廻戦」での七海建人役。七海は、一度呪術界を去りサラリーマンを経て、また呪術界に戻ってきたという異色のキャリアの持ち主。主人公、虎杖悠仁の先輩として彼を導き、成長させる存在である。
無邪気な学生である虎杖とは対照的に、少し疲れていて現実的な様子が垣間見える七海というキャラクターに厚みを持たせたのが、津田の声だ。「労働はクソということです」という七海の名言は、津田の重厚な声で表現されたからこそ、説得力が生まれた。安心感と落ち着きのある低音は、頼れる先輩というキャラクターにふさわしかった。
「チ。」の敵役 不気味で残酷
津田が演じるキャラクターは、味方にいれば頼れる存在となるが、敵に回すと厄介だ。
敵役では、NHKで24年10月から25年3月の連続2クールで放送されたアニメ「チ。 地球の運動について」のノヴァクが記憶に新しい。
本作の舞台は15世紀のヨーロッパ。天動説が信じられていた時代に、“異端思想”とされていた地動説を証明することに自らの信念と命を懸けた者たちを描いた物語である。
津田が演じたノヴァクは元傭兵(ようへい)の異端審問官で、地動説を主張する“異端者”を残酷な手法で拷問し処刑する。地動説を信じて秘密裏に動く主人公たちにとっての強敵だ。
先ほど津田の低い声は、“落ち着いていて安心感がある”と書いたが、敵になると反対に怖さを助長させる不気味さをまとうことになる。“異端者”を容赦無く追い詰めていく様子は、見ているこちらもどきりとするおっかないキャラクターであった。
地動説を提唱する者たちが、ノヴァクによって拷問されたり処刑されたりして主人公が入れ替わる本作においては、もはやノヴァクが主人公なのではないかと思うほど重要な人物だった。
キャラクターを理解して表現
ただ、ノヴァクは拷問や処刑を好んで行うわけではなく、娘を異端思想から守りたいという信念のもと自ら手を汚している。物語においては“悪”ではあるが、彼にとっては“正義”なのだろう。
そのため、自らの“正義”が間違っていたのではないかと気づいた場面では、感情が揺らぎ、人間味があふれる弱々しい姿が描かれる。
あるインタビューで津田は、原作を読み進めるうちにノヴァクに対する印象が「一番僕らに近い人なのではないか」と変わっていったと話している。「実は一番泥臭くて、人間臭い人なのかもしれないとも感じています」とも。残虐な行為を繰り返していた男であったが、どこか共感できたのは、津田がノヴァクを“徹底的な悪者”として演じていなかったからかもしれない。
ノヴァクという一人の男と向き合って喜怒哀楽を表現したからこそ、奥行きが生まれたのだろう。津田が演じるキャラクターが魅力的に感じられるのは、その人物をよく理解し、表現する力に長けているからだと思う。
こうした役への向き合い方は実写作品にも生きている。「あんぱん」では、高知新報の「月刊くじら」編集長・東海林役を演じた。
酔った勢いでのぶを高知新報の記者にスカウトするやんちゃな面がありつつ、戦後のメディアの在り方や部下について熱心に考える、真面目な面も持ち合わせる人物。耳に鉛筆を挟んだ姿が自然になじんでいた。のぶや、のぶと同じく「月刊くじら」編集部で働く岩清水(倉悠貴)との掛け合いが楽しく、気づけば東海林の一挙一動に注目していた。
役と向き合い、命吹き込む
以前、ある声優が「声優が実写作品に出演すると、声だけが浮いてしまうことがある」と話していた。アニメでキャラクターを演じる時の、声がよく通るような独特の発声法が、実写の演技にも影響してしまうからだという。
しかし津田の声は、“東海林”というキャラクターの個性の一部として違和感なく溶け込んでいた。声優と俳優の両方でキャリアを重ねてきた津田の、確かな力量がうかがえた。
彼の中には、「声の演技」と「身体の演技」の境界は存在しないのだろう。「アニメだから」「実写だから」と線を引かず、どんな役とも真剣に向き合い、命を吹き込もうとする意思。それが、表現の手段を超えて自然体で「演じる」ことになる。そして見ている、聞いている者に刺さり、物語に描かれていないキャラクターの背景までも想像させる力となるのではないか。
だからこそ、“津田健次郎”は唯一無二であり、アニメや実写問わず演じてみてほしくなるのだ。(KIDOMI)
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