
「吉田寮祭」は京都大学吉田寮で行われる最大のイベントだ。開催が近づいた5月中旬、7人の寮祭実行委員が築110年以上の現棟玄関に集まった。「万年床」のこたつを囲み、会議は午後9時にスタートした。
話していた内容はポスターのデザインから、トイレットペーパーの購入まで多岐に渡る。寮祭実行委員は寮生だけでなく、年齢もバラバラ。この日は2~6回生と大学院生が集まった。
「告知はSNSでやろう」「グッズ発注した」「(ビラの作成は)そこまでできたら上々」……話し合いに耳を傾けると、あることに気がついた。
会議に参加した寮祭実行委員の中で、最年少は19歳の橋本朔(さく)さんだ。年上の寮生に対し、「それ、何のための文章なん?」と話す。他の寮生が続けて「パンフレットで説明するのじゃ不十分ってこと?」と厳しい言葉を投げかけた。
ものおじせず、全員が「ため口」で話す。吉田寮は「敬語非推奨」なのだ。

寮生に聞くと、独自の文化がいつ始まったかは不明だが、年齢や性別、寮歴に縛られず、自由闊達(かったつ)な議論をするために生まれたのではないかという。言葉に表れる上下の差を意識的に排除する。それは「自治の根源」である話し合いの場で、対等に意見を出し合うことを目指す一助となっている。
「明らかに年齢が上の人に、ため口を使うのは一般的には失礼なので戸惑った」。橋本さんは入寮当初を振り返る。その一方で、寮生活に慣れ、アルバイト先で初対面の人にため口で話しかけ、驚かれた経験を持つ寮生もいる。
「今、見学できますか?」。会議中、学生2人が現棟を訪れた。吉田寮では希望者に公共部分を案内し、歴史的背景などを説明することがある。しかし、この時は対応できる寮生がいなかった。
「ごめんなさい。いま会議中なので、寮祭の時に来てくれたらうれしいです」。寮歴の長い寮祭実行委員の一人が話した。その言葉から「非常識さ」に慣れた雰囲気はみじんもない。人に合わせて、うまく使い分けができていることを感じた。

寮では国内外から学生が集まっている。敬語は共同生活を送る中で壁を作ることにもなり、一度使うと取り除くのが難しい。「敬語非推奨」は、誰もが心を開ける居場所を作る側面もある。
寮祭実行委員長で、今春入寮した奥山朱凜(しゅり)さんは寮生活と敬語について感想を語ってくれた。「やってみれば、慣れるもんだなと感じている。敬語を使わないことで、誰とでもしゃべりやすい空気ができている」
敬語の不使用は強制ではない。選択肢としてあり、それぞれの解釈で会話をしている。だが、寮内で敬語を聞くことはほとんどない。それぞれが吉田寮を「みんなの居場所」と目指す、そのひとつの表れに思えた。【山崎一輝】
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