沼野充義・評 『一九四五年に生まれて 池澤夏樹 語る自伝』=池澤夏樹・著、聞き手・文 尾崎真理子

Date: Category:カルチャー Views:3 Comment:0

 (岩波書店・2860円)

理系の素養まで併せ「何ものにも自由」

 池澤夏樹という名前を初めて見た時、鬱蒼(うっそう)とした森を爽やかな風が吹きぬけてきたような気がした。それから四十年、この世界文学の健脚の旅人は、日本文学の自足的な「私」の淀(よど)みを世界に向けて開く若々しい力であり続けてきたが、いつの間にかこの夏に満八十歳を迎えた。池澤氏は一九四五年の夏生まれなので、文字通り戦後八十年の日本とともに歩んできた。本書はこの節目に、文芸評論家、尾崎真理子が聞き手となって、作家に自らの生涯を語ってもらった「自伝」である。

 語りは帯広と東京で過ごした幼少期から始まる。父は高名な作家、福永武彦、母は詩人、原條(はらじょう)あき子。しかし両親はやがて離婚。福永は「愛と孤独と死」を描くロマンで一世を風靡(ふうび)したが、池澤氏は「福永の文学をどこかで認められない」と率直に語る。一方、女性に囲まれて育ったため、十分に活躍する機会を与えられなかった母や叔母の「恨みを預かって、ぼくは今でも戦闘的フェミニスト」だと自認する。実際…

Comments

I want to comment

◎Welcome to participate in the discussion, please express your views and exchange your opinions here.