
家庭の経済状態などを理由に、旅行や海水浴といった体験の機会が乏しい子どもたちがいる。こうした「体験格差」が際立ってしまうのが、夏休みだ。
経済的に困難な状況にある子育て世帯を対象にした民間団体の調査では、回答者の16%(およそ6世帯に1世帯)が夏休み中の体験予算が「0円」と回答した。
思い出に残る冒険を――。体験格差の解消に挑む現場を取材した。
サハラ砂漠の砂も「体験」
「世界人口全体の約80%が、約150カ国の開発途上国に暮らしています」
「えー!」
7月28日、東京都新宿区。国際協力機構(JICA)の「地球ひろば」に二十数人の親子連れが集い、驚きの声を上げた。
JICA海外協力隊員としてアフリカ東部のウガンダに赴任した経歴を持つ兼本友希さんが、物乞いの少年を前に応じるかどうか葛藤したエピソードなどを紹介した。
ウガンダの紙幣を触る機会もあり、参加者らは、その感触やにおいから異国を体感した。
東京都の認定NPO法人「フローレンス」が2024年8月に始めた「こども冒険バンク」の一コマだ。

これまで趣旨に賛同した27の法人が事業に協力した。航空会社の工場見学やTシャツ作り、コンサート鑑賞などの機会を無償で提供している。この8月はサッカー・Jリーグの試合観戦や、森林での活動体験も予定されている。
対象者は、経済的に厳しい状況にある世帯(世帯年収が400万円以下)▽ひとり親もしくは実質ひとり親の世帯▽障害者・障害児家庭――で、参加に必要な会員登録をした世帯は6月末時点で1500を超えた。
7月28日に参加した子どもは多くが小学生だ。世界各国の民族衣装を着て写真を撮り、サハラ砂漠の砂を触るなどして思い思いの時間を楽しんだ。最後は施設内のカフェでエスニック料理に舌鼓を打った。
体験「機会」の格差解消へ
兼本さんの体験談を聞きながら熱心にメモを取る少女がいた。
埼玉県から40代の母親と参加した小学6年生だ。国連の持続可能な開発目標(SDGs)に触れ「学校の授業で習ったけど、現地にいた人から直接聞いた話の方が詳しくて分かりやすかった」と満足げだった。
母親もこう語る。
「無料の体験はありがたいですが、自分たちで一から探すのは大変。こうした機会があるという情報をピックアップしてくれるだけでも助かります」

こども冒険バンクマネジャーの前田晃平さんに、体験格差の現状を聞いた。
「子どもたちが『これをやりたい』と思った時に応えられるかどうかを保護者だけの責任にしてしまうと、さまざまな事情からどうしても格差が生まれてしまいます。解消しなければならないのは体験『機会』の格差です」
地域社会のつながりは薄れ、物価高騰が家計を苦しめる。体験格差はますます広がる一方だという。
「社会との接点を感じられないと孤立や孤独が深まってしまう。社会からの応援や後押しがあると感じられる環境が大事であり、それを冒険として提供していきたい」
「母親として失格なんじゃないか」
「シェアシネマ」なるプロジェクトを展開するのは、東京都の認定NPO法人「チャリティーサンタ」だ。
学校の長期休業がある春と夏に合わせ、生活困窮家庭に映画館で使えるデジタルチケットを無償提供する。
テスト実施した24年夏は約1000人、今年の春休みから大型連休までの間は約3000人、この夏は約4000人にチケットが贈られた。
応募した保護者からは、こんな声が寄せられた(括弧内は子どもの学年)。
「仕事があり、思うように一緒に過ごす時間が取れないこと、経済的にも余裕がないため、レジャーや旅行などの楽しい体験をさせてあげることができません。そんな中で楽しい思い出を与えてあげられない自分は、母親として失格なんじゃないかと感じてしまい、落ち込むこともあります」(小4)
「子ども向けの映画が夏休みを中心に公開されますが、まだ一度も行ったことがありません。最近は少し待ったらテレビで見られるよね、と子どもが私を慰めてくれるようになりました」(小5)
7割が夏休み「憂鬱」
チャリティーサンタでは、依頼のあった家庭にサンタクロースを派遣して寄付を集め、貧困や被災などで困難な状況にある子どもたちへのプレゼントや体験機会の提供を続けてきた。
夏休みの実情を把握するため、今年6月末から7月上旬にかけてオンラインアンケートを実施。経済的に困難な状況にある3871世帯が回答し、16・6%(641世帯)が夏休み期間における子どものレジャーや体験の予算が「0円」と回答した。実に約6世帯に1世帯に当たる。

保護者の苦しい胸の内も浮き彫りになった。
子どもと過ごす夏休みは「憂鬱」か「楽しみ」かを二者択一で尋ねたところ、72・5%が「憂鬱」を選んだのだ。
「お弁当をつくらなければならず、米はまだまだ高いし、食費がかさむ。家にエアコンがないので熱中症も心配」「裕福な家はいい、だけどお金も休みもないうちは苦痛でしかない。夏休みなんてなくなればいいと思う」(中2)

「周りのみんなは夏休みのお出かけで保育園をお休みしているのに、全く休まず園しか行かない状況が悲しい。今年から小学生なので給食がなくなる夏休みは憂鬱というよりも恐怖です」(小1)
清輔(きよすけ)夏輝・代表理事は、こうコメントを添えて寄付を呼びかけている。
「物価高騰を背景に、夏休みの『体験格差』が子どもたちを孤立させています。友達との会話のため、本当は体験していない思い出を話してしまう子もいます。子ども時代の心に残る思い出は、その後の人生を支える大きな力となります」
詳しくはホームページ(https://sharecinema.charity-santa.com/)。【千脇康平】
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