第107回全国高校野球選手権大会に出場していた広陵(広島)は10日、大会の出場を辞退した。広陵は1月に部員間の暴行事案が起きていたことを大会が開幕した5日に明らかにし、交流サイト(SNS)などで学校や選手への中傷が広がっていた。暴行の舞台となったのは、他校でも問題が起きてきた「寮」。スポーツ史に詳しく「体罰と日本野球」(岩波書店)の著書もある高知大地域協働学部の中村哲也准教授(スポーツ社会学)にその功罪などを聞いた。
独自調達のカップラーメンを食べ
暴行事案が起きたのは1月22日。寮内で当時1年の部員が独自に調達したカップラーメンを食べ、これが部の禁止行為だとして複数の上級生から暴行を受けた。
学校は県高校野球連盟を通じて日本高野連に報告し、3月に厳重注意を受けた。「注意・厳重注意」は規則で原則非公表のため、当時は発表されなかった。被害生徒は同月末に転校し、保護者は「学校が確認した事実に誤りがある」と訴えていた。
部内での序列が日常生活に直結
現在、強豪高を中心に野球部専用のグラウンド・球場や寮を擁する学校は少なくない。中村准教授によると、野球部寮の歴史は古く、下宿が当たり前だった戦前から旧制中学校を中心に整備されていた。
日本の学生野球に暴力が持ち込まれるようになったのもその頃からで、1915年に全国中等学校優勝野球大会(現在の全国高校野球選手権大会)が、25年には東京六大学野球が始まるなどし、勝利が強く求められるようになったことで高いレベルでの競争が激化。「根性」や「精神的鍛錬」がキーワードとして定着したという。
さらに、高校野球では戦後に私立校を中心に寮などが急速に広がったと考えられるという。背景には60年代に白黒テレビが普及し、甲子園の試合が生中継されるようになって高校野球の存在感が急速に増したことがあった。
グラウンドのそばに寮があれば効率的に練習ができ、夜間にミーティングもできる。中村准教授は「生活面まで共有することで仲間意識や協調性が育まれ、成長の機会にもなる」と言う。
その半面「強豪校は部員数が多く競争が激しい。そこに寮生活が加わると野球部内の価値観や上下関係が日常生活全般を支配し、外部からの目が届きにくくなる」と話す。
今大会に出場した49校のうち少なくとも約8割の学校には寮があるとされ、中村准教授は「こうした環境は他校でも同様のリスクをはらむ」と指摘する。
ささいな出来事から…
発端は、認められていないカップラーメンを食べたというささいな出来事だった。中村准教授は「部内の秩序を守るという要請が強くあるため、違反したことの中身はそんなに重要ではなかった」とみる。そして「閉鎖的な空間での上下関係が強固に維持されてしまった」と分析する。
2016年に休部したPL学園(大阪)でも、寮生活で下級生が上級生の身の回りの雑用をこなす「付き人制度」が部内暴力の温床だと指摘された。
こうした問題は、高校に限らず大学でも、また他のスポーツでも起こりうる。
ではどうすればいいのだろうか。改善策として中村准教授は、寮の入居を野球部員だけでなく他部や一般学生と混在させ、部外の大人の目線が入る環境を整えることを提案する。異なる背景や価値観を持つ仲間と生活を共にすることで、部内だけの狭い視野に陥るのを防ぐ。
また「1軍」「2軍」といった固定的な区分をやめ、一つの学校から複数のチームが大会に参加できる仕組みにすることも訴える。
中村准教授は「勝利の追求と同時に、環境を整えることも学校の重要な責務だ」と言う。【隈元悠太】
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