夏の甲子園を諦めるか、それとも… 東洋大姫路・阪下、17歳の決断

Date: Category:速報 Views:2546 Comment:0

【花巻東-東洋大姫路】九回途中からマウンドに上がり、先発・木下鷹大と言葉を交わす東洋大姫路の阪下漣(右)=阪神甲子園球場で2025年8月15日、玉城達郎撮影 拡大
【花巻東-東洋大姫路】九回途中からマウンドに上がり、先発・木下鷹大と言葉を交わす東洋大姫路の阪下漣(右)=阪神甲子園球場で2025年8月15日、玉城達郎撮影

 手術をして高校野球を諦めるか、それとも最後の夏に向けて回復を信じるか。

 17歳の時に究極の選択を迫られた東洋大姫路の阪下漣投手(3年)が今夏、甲子園のマウンドに帰ってきた。

 プロ注目右腕の復活の裏には、苦悩の日々があった。

「鳥肌が立った」

 15日にあった全国高校野球選手権大会2回戦の花巻東(岩手)戦。阪下投手は九回無死二塁で登板した。リードは4点あったが、終盤に追い上げられ、流れは相手に傾きかけていた。

 再び立った甲子園のマウンドで、阪下投手は足が震え、苦い記憶を思い出したという。

【花巻東-東洋大姫路】力投する東洋大姫路の阪下漣=阪神甲子園球場で2025年8月15日、西夏生撮影 拡大
【花巻東-東洋大姫路】力投する東洋大姫路の阪下漣=阪神甲子園球場で2025年8月15日、西夏生撮影

 今春の選抜大会1回戦の壱岐(長崎)戦。先発したが、先頭から連続四球を出すなどし、いきなり2失点した。

 右肘に違和感を覚え、一回限りで降板した。その後、右肘靱帯(じんたい)損傷の診断を受け、長期離脱を余儀なくされた。それが苦い記憶だ。

 だが、再び戻ったマウンドで、「ピッチャー、阪下くん」のアナウンスが告げられると、スタンドから拍手が送られた。

 その観客の温かい反応で、阪下投手は我に返った。

 「鳥肌が立った。これだけのみなさんが待っていてくれた。心の準備はできていなかったが、体の準備はできていた」。目の前の打者に集中した。

 球はやや上ずり、捕手の要求通りに制御できなかったが、躍動感あるフォームで気迫を前面に出した。

兵庫大会は登板機会がなく、試合中に仲間に水を渡すなどサポート役に徹した東洋大姫路の阪下漣(右)=兵庫県姫路市で2025年7月11日、長宗拓弥撮影 拡大
兵庫大会は登板機会がなく、試合中に仲間に水を渡すなどサポート役に徹した東洋大姫路の阪下漣(右)=兵庫県姫路市で2025年7月11日、長宗拓弥撮影

 最初の打者をスライダーで見逃し三振、次打者を高めの直球で空振り三振、最後はこの日最速の143キロの直球で遊ゴロに仕留め、11球で締めた。

 本来のコントロールの良さを考えれば、完全復活とまでは言い切れない。それでも、威力のある球でチームのピンチを救った。復帰登板は上々だった。

 「何とか抑えられてよかった」

 試合後、阪下投手はホッとした表情を見せた。

順風満帆から暗転

 阪下投手は下級生の時からエースナンバーを託され、世代屈指の本格派として注目を集めてきた。

【東洋大姫路-壱岐】センバツで登板した東洋大姫路の阪下投手=阪神甲子園球場で2025年3月20日、金澤稔撮影 拡大
【東洋大姫路-壱岐】センバツで登板した東洋大姫路の阪下投手=阪神甲子園球場で2025年3月20日、金澤稔撮影

 身長181センチ、体重86キロの恵まれた体から、最速147キロを誇った。それ以上の持ち味は、多彩な球種で四隅を突く制球力だ。

 「コントロールにはあまり困ったことがない」という優れた指先の感覚の持ち主。昨秋の近畿大会は27回余りを投げて1失点に抑え、チームを17年ぶりの近畿王者に導いた。

 順風満帆の高校野球生活だったが、選抜大会後に究極の選択を迫られた。

 右肘にメスを入れるか、入れないかの決断だ。

 将来を見据えて手術を選べば、長期間のリハビリを要する。それは、高校野球生活の終わりを意味する。

 一方、保存療法を選んだとしても、医師からは「完全に治ることはない。夏に投げられるかも微妙だ」と伝えられたという。

肩を組みガッツポーズする東洋大姫路の木下鷹大投手(左)と阪下漣投手=兵庫県姫路市の東洋大姫路野球グラウンドで2025年8月14日午前11時10分、前田優菜撮影 拡大
肩を組みガッツポーズする東洋大姫路の木下鷹大投手(左)と阪下漣投手=兵庫県姫路市の東洋大姫路野球グラウンドで2025年8月14日午前11時10分、前田優菜撮影

 阪下投手の心は揺れ動いた。プロ野球選手を志しており、周囲からは手術をした方がいいという声も多く聞こえた。

 だが、我がことのように励ましてくれる仲間を見て、覚悟を決めたという。

 「自分の中ではすごく苦しくて、高校野球を諦めようという気持ちにもなった。すごく悩ましいところがあったが、みんなの姿を見てもう一度、高校野球を諦めずにやりたいと思った。高校野球は人生一度きり。最後の夏だし、悔いを残して終わるのは嫌だった。そこは思い切って最後までやると決めた」

「みんなのために投げたい」

 6週間のノースローを経て、少しずつ強度を上げていった。

【東洋大姫路-大阪学院大高】秋季近畿大会準々決勝で力投する東洋大姫路先発の阪下漣=ほっともっとフィールド神戸で2024年10月27日、松田雄亮撮影 拡大
【東洋大姫路-大阪学院大高】秋季近畿大会準々決勝で力投する東洋大姫路先発の阪下漣=ほっともっとフィールド神戸で2024年10月27日、松田雄亮撮影

 今夏の兵庫大会は、初戦の時点でブルペン投球を再開したばかりで、登板機会はなかった。仲間の活躍でたどり着いた夏の甲子園の開幕時点でも、シート打撃に4度登板しただけだった。

 痛みは消えたものの、なかなか状態が上がらず、開幕前には、もどかしい胸中を明かしていた。

 「自分の中では、もうちょっとできるというのはあるが……」

 それでも、強い決意をにじませていた。

 「戻ってこないというのが現状だが、最後の夏なのでビビっていたら、悔いを残して終わる。思い切って腕を振りたい」

 この先長くなるかもしれない野球人生を考えれば、どの選択が正解だったかはわからない。それは本人ももちろん心得ている。

【花巻東-東洋大姫路】力投する東洋大姫路の2番手・阪下=阪神甲子園球場で2025年8月15日、玉城達郎撮影 拡大
【花巻東-東洋大姫路】力投する東洋大姫路の2番手・阪下=阪神甲子園球場で2025年8月15日、玉城達郎撮影

 しかし、仲間と今、かけがえのない時間を共有することを優先した。

 復帰登板を終えると、穏やかな表情で言い切った。

 「外れた3年生の分までやらないと、自分がメンバーに入っている意味がない。みんなのために投げたい気持ちが強かった。心が折れそうになっても頑張れた」

 東洋大姫路は17日、14年ぶりの8強入りを懸けて、3回戦の西日本短大付(福岡)戦に臨む。

 阪下投手は感謝を胸に、誰よりも長い夏にするつもりだ。【長宗拓弥】

Comments

I want to comment

◎Welcome to participate in the discussion, please express your views and exchange your opinions here.