ドキュメンタリーホラー映画「サタンがおまえを待っている」、ホラーファンを惹きつける“実話すぎるホラー”こその違和感と恐怖

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「サタンがおまえを待っている」
「サタンがおまえを待っている」 / (C)666 Films Inc.

ホラー映画ではたびたび「この作品は実話に基づいている」という謳い文句が添えられる。科学では解明できない不可思議な現象がそこかしこに存在する現代において、「実話ホラー」はいまだに多くの注目を集めるジャンルだ。そんななか、8月8日(金)に公開される映画「サタンがおまえを待っている」が映画ファンの間で大きな話題になっている。ある意味“定番の謳い文句”になりつつある「実話をもとに描かれた」同作は、いったいなにが他と違うのか。ホラーファンの目を惹きつけてやまない闇の正体を深掘りしていく。

■「記憶」は真実か…全米で社会現象を引き起こした本とその真相

本作は1980年代にアメリカで社会現象を引き起こした“サタニック・パニック”をテーマに描かれている。一連の出来事の引き金となったのが、「ミシェル・リメンバーズ」という一冊の本。この本にはミシェル・スミスという女性が、精神科医ローレンス・パズダーによる「退行催眠セラピー」を通して蘇らせた幼少期の記憶…その証言が綴られている。彼女は5歳の頃、悪魔を崇拝する秘密教団に引き渡され、“儀式の生贄”として扱われたというのだ。

その内容は「檻に入れられ、動物の生贄が捧げられる様子を見せられた」「排泄物を食べさせられた」「胎児の手足を切断する光景を目撃した」などなど、凄惨を極める。ろうそくが灯るなかでの詠唱、血の儀式、サタンへの献身など、あまりにも常軌を逸した刺激的な描写の数々はセンセーショナルに受け止められ、メディアや宗教団体を巻き込みながらアメリカ全土に広がっていった。それまでおとぎ話や都市伝説のように語られていた悪魔崇拝者の存在が、突如“現実の脅威”として可視化された瞬間だった。

当時のメディアはこぞってこのショッキングな本の内容を取り上げ、一部のジャーナリストや教養のある人までもが「全米にサタンが潜んでいる」とあおることに。すると幼稚園や保育施設、教会、そして一般の家庭内に至るまであらゆる場所に“悪魔的儀式”の痕跡を探そうとする動きが加速。告発が告発を呼び、FBIや警察、学術界までも巻き込んだ大騒動へと発展していく。

「サタンがおまえを待っている」は、騒動の渦中にいた親族や元FBI捜査官らの証言を通して、当時アメリカ社会全体が飲み込まれた集団ヒステリーの構造を解剖。また当時は悪名高い存在とされたサタン教会の創始者や当時のテレビ番組、教会、警察関係者のアーカイブ映像の数々も随所に散りばめられており、虚実の境界があいまいになっていく過程が生々しく浮かび上がってくる。

同作が恐ろしいのは、“誰かの記憶”という極めて個人的なものがいかにして社会的真実として信じられ、制度を揺るがすまでの力を持ち得たかを描いている点。真実に迫れば迫るほど明らかになるのは、「正義を名乗る人々の考えや行動がいかにして無関係な市民を犯罪者に仕立てあげ、人生を崩壊させたか」という冷酷な現実だ。

■フィクションのホラーよりもリアルがもたらす精神的打撃

ホラー映画といえば血が飛び散る残虐なシーンや、観客を驚かせるために突然大きな音や衝撃的な映像を差し込むジャンプスケアとよばれる手法が広く用いられる。ホラーをエンターテイメントの娯楽として扱う場合、それは観客に“楽しんでもらう”ための正しい手法だろう。

一見すると観客に“怖さ”を味わってもらうなら、そうしたわかりやすい手法を使った方が効果は大きいように思える。だが人は“違和感”と“嫌悪感”だけで「触れてはいけない」感覚を得られるものだ。「次の瞬間にあの暗闇からなにか飛び出してくるのでは」と思わされながら、いつまでたっても声を上げて驚く“正解”の時間がこない…。石を胃のなかに詰め込まれたような重苦しさが続く感覚は、ジャパニーズホラー好きにはなじみがあるはず。

本作品は大衆を喜ばせるホラー映画ではなく“ショッキングドキュメンタリー”。娯楽映画と違って事実にこだわった作品だからこそ、視聴者は喉の奥につかえたままという感覚を引きずり続けることになる。

さまざまなメディアで取り上げられてローマ法王への謁見までおこなったミシェルは一躍“時の人”となり、のちには「ミシェル・リメンバーズ」を共に出版した精神科医ローレンス・パズダーと結婚。彼女を悪魔崇拝者たちに捧げたと証言された家族は、2人の生活を身近で見ていた人々はどのように彼女たちを語るのか。

昨今はSNSなどの普及により、誰でも気軽に情報を発信できる時代となった。有益な情報が得られるだけでなく多くの人と交流できる一方で、根拠不明なデマや陰謀論なども大きな社会問題となっている。

つまり現代に生きる私たちにとって、本作は単なる過去の社会現象の記録ではない。むしろ今まさに世界のあちこちで繰り返されている悪しき群衆心理や虚偽情報の蔓延が引き起こす、“先駆け”がたどった結末を見つめ直す機会なのだ。

ミシェルの言葉を残された音声と映像、周囲の人々の証言から見つめ直す「サタンがおまえを待っている」は8月8日(金)に公開される。

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