
戦時中、飢えに苦しむ子どもたちに「おなかいっぱい食べさせたい」と願った先生がいた。その先生の尽力がきっかけで、身近な存在になったのが「ポン菓子」だ。素朴な甘さと香ばしさで、子どもだけでなく大人にも親しまれる。戦後80年の夏、国産ポン菓子機の生みの親、吉村利子(としこ)さん(99)と娘の真貴子さん(70)=いずれも北九州市=に話を聞いた。
ポン菓子は「ドン菓子」や「バクダン」などとも呼ばれる。圧力をかけて膨らませた米に砂糖で味付けしたお菓子で、駄菓子屋さんやスーパーで売られている。利子さんは、ポン菓子機メーカー「タチバナ菓子機」(北九州市)の元社長で、今もポン菓子作りにかかわっている。真貴子さんは、そんな利子さんをサポートしながら、ポン菓子を製造・販売している。

利子さんは大阪府八尾市出身。大阪弁で「いとはん」と呼ばれるお嬢さまの育ちで、「家には蔵があった」という。太平洋戦争末期、利子さんは市内の国民学校(現在の小学校)の先生だった。勤務していた学校は、陸軍の大正飛行場(現八尾空港)に近く、空襲への警戒が続く日々。食糧も燃料も不足しており、子どもたちは加熱が十分ではない雑穀を食べておなかを壊し、栄養失調になっていた。「子どもたちがすごく痩せていたそうです」と真貴子さんが教えてくれた。
利子さんは「子どもたちに消化が良いものを、おなかいっぱい食べさせたい」と考え、幼少期に見たことがある外国製の穀類膨張機を思い出した。あの機械があれば、少しの材料を何倍にも膨らませることができるし、消化にも良い――。しかし、機械を手に入れることなど、当時の日本では不可能だった。
「幸せの音」全国へ
諦めきれなかった利子さんは、機械の材料となる鉄を求めて、鉄のまちとして知られた北九州市に向かう。大学や職人さんらの協力を得ながらポン菓子機が完成したのは、終戦間もないころ。利子さんが作った機械は、それまであった鋳物製のものに比べて軽量で、持ち運びやすかった。その後も改良を重ねると全国に普及し、各地で子どもたちのおなかを満たした。

試しに毎日新聞のデータベースで探すと、山形市で1948年に撮影されたポン菓子機の写真が見つかった。写真には「バクダン菓子製造機」と記されており、「一種の加工業で復員兵などが製造機を担いで地方を回った」と説明がある。これ、もしかして利子さんの作った機械じゃないですか? 「そうです、そうです」と真貴子さん。利子さんも顔をほころばせる。
ポン菓子機があれば、材料を用意できなくても、客が持ち込んだ米や雑穀を加工することができる。「ポン菓子機で日銭を稼ぐことができたそうですよ」と真貴子さん。空腹を満たすだけでなく、多くの人の生活の糧になったんですね。
若かりしころの利子さんは「いとはんのポン菓子」(「バケモンの涙」を改題、歌川たいじ著、光文社文庫)のタイトルで、小説のモデルにもなった。
さらに、出身地の八尾市では、栄養教諭らが中心になり、平和を学ぶ授業で取り上げている。上之島(かみのしま)中学校や亀井小学校では、戦時中の暮らしや利子さんの思いを学んだ上で、実際にポン菓子作りを見学した。子どもたちからは「改めて、戦争は絶対にしてはいけないと思った」「今戦争がなく、幸せなことを大事にして、これからも生きていきたい」「ポン菓子を作る時の音には驚いたけれど、これからはこの音を『幸せの音』と理解します」といった感想が寄せられた。利子さんから連なる「先生」たちの思い、しっかり子どもたちに届いています。
ポン菓子機は海外にも進出し、食糧不足の国でも活躍している。このことを利子さんに伝えると「良かった。幸せ」と笑顔を見せた。そして、「平和はええなあ」とも。
残念ながら、今も世界各地では、戦争が続いている。銃声や爆撃音ではなく、笑顔を生む「幸せの音」が世界に響きますように――。そう願いながら、ポン菓子の優しい甘さをかみしめた。【水津聡子】

米と砂糖、少量の塩のみ
ポン菓子を作っているところを見たい。ポン菓子店「ポン吉」(大阪府枚方市)の山口務さん(47)に実演してもらった。山口さんが使っている機械は、利子さんの会社から購入したもの。子どもが好きな蒸気機関車をかたどっていてかわいい。「購入した時は、利子さんたちが直接、指導に来てくれたんです」と山口さんは話す。
予熱した圧力釜に米を入れてふたをし、回転させながら加熱する。十分に圧力が高まったところで、木づちなどで勢いよくふたを開けると、「ポン」という大きな音とともに米が膨らみ、機械から飛び出す。砂糖がかかっていない状態で試食させてもらうと、米の香ばしさをじかに感じる。このまま塩をかけて食べてもおいしそう。
煮立たせた砂糖水を手早く混ぜると、おなじみの甘いポン菓子が完成。こちらも香ばしくて、絶妙な甘さ。いくらでも食べられそうだ。おやつはもちろん、コーンフレークのように、牛乳をかけて朝食にするのもよいですね。
ポン菓子の材料は米と砂糖、少量の塩のみで、アレルギー物質が入っていない。消化が良く、離乳食が始まった赤ちゃんでも食べられる。「ポン菓子機に込められた思いも含めて、ポン菓子の良さをもっと知ってもらいたいです」と山口さん。ポン菓子の輪、まだまだ膨らんでほしいです。
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