母が自問続けた「生かされた意味」 飲酒事故で失った長男との約束

Date: Category:速報 Views:1977 Comment:0

納骨堂に飾られた遺影を前に、亡くなった3人について語り合う大上かおりさん(奥から2人目)と家族ら=2025年8月10日、金将来撮影
納骨堂に飾られた遺影を前に、亡くなった3人について語り合う大上かおりさん(奥から2人目)と家族ら=2025年8月10日、金将来撮影

 8月中旬、大上(おおがみ)かおりさん(48)は故郷に戻り、3児の遺骨が納められた納骨堂で祈りをささげていた。飾られた遺影の中で、長男の紘彬(ひろあき)ちゃん、次男の倫彬(ともあき)ちゃん、長女の紗彬(さあや)ちゃんが無邪気に笑っている。大上さんの隣には事故後に授かった4人の子どもたちもいた。「3人が天国に行ってしまい、光のない暗闇の中にいました」。大上さんはそう話す。間もなく「あの日」から19年になろうとしていた。

 <前編はこちら>
 3児死亡の飲酒事故で生き残った母 初講演で明かした決意の告白

 2006年8月25日に福岡市東区の「海の中道大橋」で起きた3児死亡事故は、飲酒運転の厳罰化が進む転換点となった。当時、夫の哲央(あきお)さん(52)と大上さんには連日、取材が殺到。飲酒運転撲滅の象徴的な存在として取り上げられた。だが、加害者らに損害賠償を求めた訴訟が12年10月に終結すると、大上さんは公の場から一旦姿を消した。

 事故当時10歳だった私(記者)は、入社するまで事故について詳しく知らなかった。福岡勤務となり、大上さんに事故後の半生を尋ねた。

加害者への怒りよりも…

 「私は、ずっと壊れていました」

 大上さんは、自身が生き残ってしまったことに罪悪感を抱いて生きてきた。加害者への怒りよりも、自責の念のほうが強かった。博多湾に沈んだ車の中に取り残された紘彬ちゃん(当時4歳)の命を目の前で諦めてしまった。車内から救い出した倫彬ちゃん(同3歳)、紗彬ちゃん(同1歳)も息を引き取った。「私が殺してしまったようなものだと思っています」

 事故後、車のクラクションが聞こえると、体が硬直するようになった。突然、溺れたように息苦しくなり、救急車で運ばれたこともある。

 マスコミには「飲酒運転撲滅を訴える遺族」としての振る舞いを求められていると感じた。「飲酒運転は悪い。でも当時は怒りの感情を持つ余裕すらなかった。3人の死をそっと悲しませてほしかった」。放心状態で取材を受け続けた。

 心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症し、重度のうつ病と認定された。我慢してきた気持ちが診断時に一気に噴き出し、大泣きした。「うつとか冗談じゃない、って反発していました。うつじゃなくて、子どもを亡くして悲しいんだよって」

思い出した「約束」

 出口の見えないトンネルの中で「なぜ、自分は生かされたのか」という問いの答えを探し求めた。

 事故前に紘彬ちゃんと交わした「約束」を思い出した。「次…

Comments

I want to comment

◎Welcome to participate in the discussion, please express your views and exchange your opinions here.