
緑のベネチアングラスと、透明のシャンパングラスが重なっているよう。英語では「Mermaid’s Wineglass(人魚のワイングラス)」と呼ばれています。和名だと「ホソエガサ(細柄傘)」。確かに、色鮮やかな和傘の趣がありますね。
100回目を迎えた「水中写真連載 So Blue」。これまでの写真をまとめた写真特集を公開します。
・まとめ①~小さなおとぼけものたち~
・まとめ②~かいじゅう(海獣)と大きな生き物たち~(28日午前6時公開)
・まとめ③~戦争遺物と海中風景~(29日午前6時公開)
・まとめ④~何これ?~(30日午前6時公開)
全長3~5センチ、カサの直径はわずか5ミリの小さな海藻(緑藻)です。はかなげで弱々しいものの、他の海藻にはない美しさ。水中でレギュレーター(水中呼吸器)の吐き出す泡が細い柄を揺らさないよう、静かに水中カメラを構え目を凝らすと、その可憐さに目を奪われてしまいます。
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この「ワイングラス」は、キノコのカサやスギナの胞子茎であるツクシのようなもの、といえば分かりやすいでしょうか。カサ内で、種子や胞子にあたる「シスト」という、配偶子のう(袋)をつくり、先端から小さなビーズ状の配偶子を出します。配偶子が緑色のため、カサも緑色に見えます。植物が持つ光合成のための葉緑体ではありません。放出後は、透明になります。
発芽後、細い枝と輪が重なったような「輪生枝」が伸びます。成熟し、生殖組織であるカサができると輪生枝は崩れて広がり、「シャンパングラス」のようになるのです。
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水深が浅く波が穏やかな、砂地の貝殻や死んだサンゴガレキの上で育ちます。貝殻やサンゴガレキの炭酸カルシウム(石灰)を吸収し、カサや茎部を形成します。そのため枯死しても石灰化した本体は残り、堆積(たいせき)して化石になることがあります。その化石から、ホソエガサの仲間は2~3億年前の海に広い範囲で繁栄していたことが分かり、「生きた化石」と呼ばれているそうです。
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本州周辺では6~7月ごろからカサを広げ、秋ごろまで配偶子を放出します。配偶子はべん毛を持ち、海中を泳いで他の配偶子とくっつき接合子を形成します。接合子は貝殻の上で発芽し、糸状に伸びて貝殻の中に潜り込み、成長に適した水温になるのを待ちます。
熱帯や亜熱帯地域などでも見られ、日本の能登半島が生息北限といわれています。しかし、貝殻やサンゴガレキが土砂で埋もれてしまうと、生きていけません。かつては西日本の沿岸各地で見られたものの、開発による土砂の流入や埋め立てが生息地を減少させ、絶滅が心配されています。環境省のレッドデータブックでは、絶滅危惧Ⅰ類に指定されています。
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現在は米軍滑走路を建設中の沖縄県名護市の辺野古沖で、13年前の2012年4月、まとまったホソエガサの群落を見ました。ジュゴンの食事あとが見つかっていた水深1・5メートルの、海草アマモ場でした。今はもう埋め立てられ、残っていないでしょう。周辺への立ち入りすらできないため、確かめることもできません。
このホソエガサを撮影したのは、本州の太平洋側。ここでは例年、ひっそり姿を現すそうです。貴重な場所です。(和歌山県日高町で撮影)【三村政司】
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「So Blue」の連載が、今回で100回目となりました。これまでの写真を本日から4回に分けて毎日、写真特集で再構成し掲載します。合わせてご覧ください。
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