
第96回都市対抗野球大会の1回戦、さいたま市・日本通運―姫路市・日本製鉄瀬戸内は、指揮官同士が熊本工業高校時代に三遊間でコンビを組んでいた「同級生対決」となった。
高校時代、共に甲子園に出場することはかなわなかったが、社会人野球最高峰の舞台で激突する。
甲子園決勝、松山商戦で同点弾
日本通運の沢村幸明監督と、日本製鉄瀬戸内の米田真樹監督は共に1980年生まれ。沢村監督は熊本県、米田監督は兵庫県出身だが、同じ熊本工に進学した。
高校時代、先に頭角を現したのは沢村監督だった。1年からスタメンに名を連ね、96年夏の甲子園に出場。決勝の松山商戦では、九回2死から起死回生の同点ソロ本塁打を放った。
一塁側アルプススタンドで沢村監督の雄姿を見守っていた米田監督は素直に「すごいな」と思いながらも、羨ましさを隠せなかったという。
だが、チームは延長十回、後に「奇跡のバックホーム」と称されたプレーでサヨナラ勝ちを阻まれ、優勝を逃した。
「あと一歩の差」に泣く結果となったチームは猛練習に励んだ。バッティング練習、シートノック、ベースランニングなど、厳しい練習に朝から晩まで汗を流した。
沢村監督は3年時には主将を任され、主に遊撃手だった米田監督とコンビに。…
Comments