在来野菜など地元の旬の食材を巧みに使った独特なスタイルで全国から食通が訪れる山形県鶴岡市のイタリア料理店シェフの奥田政行さん(55)が最近、特に力を入れているのがコメだ。東京・銀座で塩とオイルで食べる握りずし店を手掛け、今年7月には、炊きたてご飯の朝食が目玉のオーベルジュ(宿泊施設)を鶴岡市内で開業した。いま話題を集めるコメ。イタリアンで知られるシェフがコメにこだわる理由とは?【聞き手・長南里香】
――なぜコメを売りにするのでしょう。
◆料理人は農家あっての仕事です。これまで生産者の味方でいたいと公言していながら、他の国のパスタばかり使っているのは矛盾していると思いました。コメは日本人にとって大事にしなきゃいけないもの。日本人なんだからコメやんなきゃ、コメ農家を応援しなきゃって考えました。
――塩とオイルで食べる握りずしとは。
◆すしに付けるのはしょうゆではなく、塩とアーモンドオイルなどの食用油です。コメが良くないとおいしくないすしで、2019年に東京・銀座にすし店をオープンしました。日本のコメは世界最高水準。これを世界を舞台に展開するためにはどうしたらいいか、と考えてワインによく合うすしを開発しました。コメの輸出促進につなげられるように、明らかな風味の違いを見せつけるのが狙いです。
――新たにオープンした宿泊施設のご飯はどんなコメですか。
◆山形県産の主力品種「はえぬき」と、高級ブランド米「つや姫」です。地元の水を使って、どちらもみずみずしく炊き上げます。エッジが効いた新潟産のコメと対照的でふわーんと柔らかく、優しい味のおかずと相性がいい。初めて食べたお客さんは「これが庄内米か」と驚きます。
――「令和の米騒動」が続いています。
◆コメはそれまでは長期的な価格下落傾向でした。今回、ようやく来年も頑張れると思えるような価格になった、コメ農家が生き残れる千載一遇のチャンスが来た、と思いました。でも政府は備蓄米を放出する異例の介入に乗り出しました。消費者の方だけをみて、価格を下げようとしている。農家を守らないでどうするのか、何やってるんだろう、って思いました。
――持続可能なコメ作りに求められることは。
◆高くなったといっても、ご飯はお茶わん1杯が60円なんです。今の世の中、クロワッサン1個には180円出す人もいるんですよ。考えてみてください。例えばキャベツだったら180円しか出さないとか、レタスだったら160円までだなとか、それぞれに基準はあるでしょう。ただ、農家が経営を続けていけるような価格で消費者が買い支えていかなければ、後継者は続かない。例えばスイスのように、国民が自国を強くするために、輸入品よりも高い国産農産物を買い支えるような形で、農家を守っていけたらいいと思います。
――コメ農家はいま、記録的な猛暑と水不足にも直面しています。
◆農地も農家も、一度失ってしまったら、そこから取り戻す、立て直すのはすごく大変なんです。農家が1人当たり年収400万円以上になるようにして、コメ農家をやりたいって思わせなきゃ。芸術品のような日本のコメを世界に高く売るために、私は自分なりの挑戦を続けていきます。国には、異常気象に対応した品種の開発もそうですし、中長期的な視野で生産者をしっかり支えていく政策を求めます。
おくだ・まさゆき
1969年、山形県鶴岡市生まれ。現・鶴岡東高卒業後、東京でイタリア料理やフランス料理などを修行。26歳で同市のホテルの料理長を務める。2000年3月、同市にイタリア料理店「アル・ケッチァーノ」をオープン。現在は直営店8店舗とプロデュースの12店舗を手掛ける。10年に第1回「辻静雄食文化賞」、23年に農林水産省料理マスターズゴールド賞を受賞した。主な著書に「日本再生のレシピ」や「食べもの時鑑」。
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