自治体も“推し活”の時代?――。人口減少に多くの自治体が頭を悩ませる中、岡山県南東部に位置する和気(わけ)町が「ファンクラブ」を通じた若年層へのPRに力を入れている。町名にちなんだ「ワケわからん町」をコンセプトに掲げ、会員数は現在約2000人。その6割以上を県外在住者が占める。仕掛け人で地域おこし協力隊員の新井清隆さん(47)は「『自治体らしくないこと』に真剣に取り組むことが、町にとって一番のプロモーションになる」と熱弁する。
ファンクラブは町と継続的に関わる「関係人口」を増やそうと、2023年5月に設立した。22年夏に着任し、移住促進を主業務とする新井さんは「ある調査結果で、全国における和気町の知名度はわずか6%だった」と振り返る。
そこで目を付けたのが、当時映画が公開中だった岡山が舞台の人気漫画「推しが武道館いってくれたら死ぬ」だ。作品のファンだという町職員がコラボ企画を練っていたことを知り、地下アイドルとファンの交流を描いたストーリーにも重なることから、イベント開催と同時にファンクラブを設立。町出身という設定のキャラクター「基玲奈(もといれな)」を公式インフルエンサーに起用し、東京でのコミックマーケット出展や町内での複製原画展など数々の連動企画で関心を集めると同時に、公式LINEでの情報発信などに注力してきた。
企画の軸に置いたのはコンセプトにも掲げた、訳の分からなさ。「人間は普通ではないものに強い印象を受ける。一見、『何やってるの?』と違和感を覚えるようなことをして知ってもらおうと考えている」と新井さん。太田啓補町長が動かない基玲奈のパネルに話しかけるという公式インフルエンサー就任式でのシュールな一幕も、その一端だ。
「推し武道」とのライセンス契約が切れた今年度は5月下旬に「ファンミーティング」と銘打ち、廃校になった小学校の校舎と隣接するバラ園を使って会員同士が交流するコスプレイベントを開催。県内各地や中四国、近畿地方などから若者を中心に約100人が集まって写真撮影したり、地域住民と交流したりと、思い思いに楽しんだ。
並行して、文具・事務用品販売会社「クラブン」(同県倉敷市)、山陽学園大(岡山市)と協働し、町のシンボルでもある藤の花にちなんだ万年筆やガラスペン用の水性インクを開発する企画にも着手。7月末には、商品企画を担当した総合人間学部ビジネス心理学科の2年生4人が、同社役員らへのプレゼンに臨んだ。
花をイメージした淡い紫と、初夏の光を受けた葉のような明るい黄緑の2種類のインクを商品化し、11月からクラブンが県内に展開する文具専門店「うさぎや」で販売する予定。パッケージにはそれぞれ花と葉を描き、上下に組み合わせて一つになるよう工夫した。クラブンの伊澤京子執行役員は「今は文具ブームで、ストーリー性があり、ちょっと変わった文具が“文具推し”の人に刺さりやすい。目の付け所がいい」と目を細めた。
コスプレと文具は共通項がないようにも見えるが、明確なターゲットがある。コスプレイヤーも文具ブームも中心にいるのは30代以下の女性といい、新井さんは「SNSでの情報拡散力が高いことに加え、少子高齢化が進む地域に何が必要かと言えば、若い女性が面白い、住んでみたいと思えるものだから」と明かす。
今後に向けては、若者の目を引くポップカルチャーとのコラボと同時に、町の豊かな自然もPRできる企画を練っているという。新井さんは「揺るぎない町の魅力もコンテンツにしていきたい。会員を増やすのは知名度を上げる一つの方法であって、目指すのは若者の移住や定住ですから」。少子高齢化に少しでもあらがうため、「何やってるの?」を追求していくつもりだ。【平本泰章】
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