
間もなく迎える盆踊りシーズンに、北海道では欠かせない1曲がある。「子供盆おどり唄」。歌手の北島三郎さんが「道民の心の原風景」と評するなど、道内出身の著名人がこぞって推す定番曲だ。
ほぼ唯一の音源だったカセットテープは廃盤となっていたが、今夏、CDとして復活。きっかけは大手レコード会社に届いた1通のメールだった。
「70年売れ続けた」
「この曲、知ってる?」。今春、自社にある音源を活用する部署に異動してきたキングレコードのディレクター、松本圭介さん(44)は、隣の席の先輩にメールを見せられた。
そこには子供盆おどり唄が道民にとっていかに大切かが切々とつづられ、「カセットテープが古くなり、これから現場で困るだろう」「ぜひ再発売してほしい」と書かれていた。

「シャンコ、シャンコ、シャンコ、シャシャンがシャン」のフレーズで親しまれる子供盆おどり唄は、1952年に同社がレコードを制作。2002年に発売されたテープは、22年に廃盤となっていた。
登別市出身の松本さん自身も子供の頃から聴き慣れた曲だったが、自分の会社からテープが出ていたことはその時に初めて知った。「これは復活させるしかない」。実現に向け、すぐに動き出した。
当初、社内には「配信だけでいいのでは」という声もあったが、松本さんの決意は揺るがなかった。
「70年売れ続けたロングセラー。この曲の持つポテンシャルは道産子にしか分からない。現場でカセットテープが使えなくなったら終わりなので、CD化に使命感があった」
道内の盆踊りは一部地域を除いて大人の部と子供の部に分けて行われる。子供の部はほとんどの場合、30分~1時間、子供盆おどり唄だけを繰り返し流し続ける。
CDでは、実際の盆踊りで使いやすいようにたっぷり1時間、25回分収録した。音源は古いマスターテープから人工知能(AI)を使ってノイズを処理し、ジャケットはレコードのデザインを採用。歌詞や振り付け、曲の歴史など詳細な解説も添え、7月30日に発売された。

「貴重さ、独自性知って」
解説を担当した山中憲治さん(75)によると、子供盆おどり唄はそもそも、道教育委員会が「子供にふさわしい盆踊り曲を普及させよう」と企画したのが始まりだ。
歌は童謡歌手の持田ヨシ子さんが担当し、童謡詩人の坪松一郎さんが作詞した。坪松さんが江別市在住だったことから同市が曲の発祥の地ともいわれ、市内の公園には歌碑が建てられている。
山中さんは23年1月に発行された「北海道開発協会」の広報誌に寄せたコラムで、唄の歴史を紹介。このコラムが松本さんの目に留まり、山中さんに解説を依頼した。
コラムの最後は「『子供盆おどり唄』を北海道遺産に‼ そして、是非ともCDに‼」と締めくくられており、山中さんは「まさか本当に実現するとは……」と驚く。
小樽市出身の山中さんは、東京在住だった40年ほど前、子供盆おどり唄が北海道特有のものだと知ったという。「道民にとっては毎年聴くのが当たり前だが、CD化を機にその貴重さ、独自性を知ってほしい」と願っている。
発売前から予約殺到

CD化に向けて松本さんが突き動かされた理由はメール以外にもある。
道内を中心に書籍や音楽CDなどを扱う複合店「コーチャンフォー」から毎年、再販売の問い合わせがあったことだ。
札幌市北区の「コーチャンフォー新川通り店」でミュージックコーナーを担当する武田康秀マネジャーは、「昔から需要がある商品で、22年にテープが廃盤になると聞いた時は在庫がある分を入荷した」と明かす。
コーチャンフォーでは22年7月に最後の1本を販売したが、その後も毎年、夏休み前になると必ず問い合わせがあったという。
今回のCDは発売前から予約が相次ぎ、「最近は演歌でもそんなに予約が入らない。予約に来る方は探していた、求めていたという印象」と反響の大きさを感じている。
一方、盆踊りの運営側もCD化を歓迎する。
札幌市東区で毎年開催されている地域の盆踊りでは、これまで古いテープを独自にCD化したものを使用していた。実行委員長の黒川純一さん(48)は「元のテープが古く、自分たちでCDにしても音が悪くて音量も小さかった」と販売を喜ぶ。
キングレコードによると、当初は400枚の販売を予定していたが、発売から2日後には計2000枚の注文があったという。同社のECサイトでは発売前日に売り切れとなり、広報担当者は「この種の商材において、これほどの推移でご注文をいただくのは非常にまれなケース」と話す。
著名人から応援コメント続々

CDのプロモーションの一環で、松本さんは道内出身の著名人にコメントを依頼した。
「この曲って利害関係がないから、皆さん『We Are The World』のようなノリで快く応じてくれた」
札幌市出身で、ロックバンド「怒髪天」のボーカルの増子直純さんは「十数年前、ライジングサン(・ロックフェスティバル)でDJをする時この音源を探しまくったがカセットしか入手出来ず涙を飲んだ」とコメント。
スキージャンプの葛西紀明選手=下川町出身=は「盆踊りといえばずっとこの曲でした! いつでもあの頃に帰ることができます!」とつづり、お笑いコンビ「タカアンドトシ」のタカさん=札幌市出身=は「盆踊りは、全国みんなこの曲」だと思っていたというエピソードを披露した。
松本さんは改めて感じている。
「子供たちにCDを聴いて踊ってほしい。子供盆おどり唄を次の世代につなげていきたい」【今井美津子】
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