
「最後の夏」という言葉に象徴されるように、最上級生に注目が集まるのが夏の甲子園の常。だが、開催中の第107回全国高校野球選手権大会では、昨年に世界一の称号を手にしたばかりの「スーパー1年生」も活躍している。海外の強豪を前に味わった苦難をばねに成長した姿を見せている。
「あってはならない」から…
昨年8月にコロンビアで開催された野球のU15(15歳以下)ワールドカップ(W杯)で、「侍ジャパン」のトップチームの監督も兼任する井端弘和さんが率いた日本代表は、悲願の初優勝を果たした。

「あの選手たちが高3になった時にそろっていれば、甲子園で優勝できる。そう思わせてくれるだけのメンバーだった」と井端さんが話すほど、精鋭ぞろいだ。
ほとんどが当時、中学3年生。今春、高校に進学し、1年生ながらレギュラー格として活躍している選手も多い。今大会は、3人がベンチ入りメンバーとして甲子園にたどりついた。
その中で、1回戦で唯一、先発出場したのが仙台育英の砂涼人選手だ。宮城大会から正遊撃手として活躍。6日の鳥取城北戦では「7番・遊撃手」でフル出場し、堅実な守備で勝利に貢献した。
14日の開星(島根)との2回戦ではビッグプレーも見せた。五回無死一塁で、二塁ベース付近のゴロを、同じ1年生の有本豪琉(たける)選手が逆シングルで捕球。バックトスを受け取った砂選手がくるっと反転して一塁に送球し、併殺を完成させた。
砂選手にとって、U15W杯は苦い思い出の残る大会だ。二塁を守ったスーパーラウンドの台湾戦では最終回の七回2死で痛恨のタイムリーエラーを犯し、逆転負けにつながってしまった。
井端さんも「あってはならない試合でしたよね」と苦笑しながら振り返る。
だから、「甲子園のかかった試合や、甲子園でああいう試合をしてしまうと後悔が残る。今後同じことをしないように」と諭したそうだ。
砂選手は当時、ミスをすると引きずってしまう傾向があった。そのため、井端さんは「そうなったら駄目。取り返さないといけないし、終わっているわけじゃない」と励まし続けたという。
砂選手はめげずに取り組み、結果としてチームはU15W杯で優勝。その後、砂選手は進学した仙台育英では1年生でレギュラーを獲得した。
井端さんは「つらい経験をして人間は成長するもの。彼はU15に来て良かったかもしれませんね」と砂選手の成長を喜ぶ。
現役時代は名遊撃手として知られた井端さんが、砂選手の長所として評価するのは観察力の高さだ。
「ただ取って投げるっていうんじゃなく、走者の動きだったり、相手の状況だったりっていうのは見えていたし、他の選手にはないところ。世代を引っ張る選手になれる」
砂選手が鳥取城北戦の四回にスクイズを冷静に成功させたのも、その観察力ゆえだろう。
2回戦の第2打席に、甲子園で自身初安打となる右前打を放った砂選手。「初球から積極的に振って、タイミングを合わせていく大切さを教えてもらった」という井端さんに恩返しするヒットになった。
同じ1年生を意識

U15W杯優勝メンバーでは、春夏連覇を目指す横浜(神奈川)の川上慧選手が敦賀気比(福井)との1回戦に代打で出場。綾羽(滋賀)との2回戦は「7番・右翼」で先発出場し、2打数1安打だった。
神奈川大会ではメンバー外だったが、甲子園大会では背番号15でベンチ入りした。
「3番・遊撃手」で出場したU15W杯決勝のプエルトリコ戦では、最終回の七回2死から三遊間深くのゴロをバックハンドで捕球すると、一塁へノーバウンドの「遠投」でアウトにし、日本は世界一を遂げた。中学生離れしたプレーとして話題になった。
川上選手は夏の甲子園大会について「(1年生でベンチ入りし)驚いたし、プレッシャーはあるが、選ばれたからには責任を持ってプレーしたい」と意気込む。対戦したいチームや選手には仙台育英の砂選手を挙げ、ライバル視する。
花巻東(岩手)の戸倉光揮投手はチームの1年生で唯一メンバー入りした。今大会は2回戦で敗れ、登板機会はなかったが、最速138キロの右腕は秋以降の活躍が期待されている。
甲子園には届かなかったが、地方大会では智弁学園(奈良)の太田蓮選手が「5番・中堅手」で主力に定着。大阪学院大高の林将輝選手は投打「二刀流」の活躍で既に存在感を示している。【岸本悠、石川裕士、深野麟之介】
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