創設から90年となる今期の芥川賞と直木賞は、どちらも久しぶりの「該当作なし」だった。SNSには書店員の悲鳴やそれを慮(おもんぱか)る声が続々と流れてきた。受賞作のあるなしで売れ行きに大差が出る。ただでさえ出版不況なのにというわけだ。とはいえ、業界をこえて注目される権威ある賞ゆえ、選考にはなにかと物言いがつく。妥協で受賞作を出すわけにもいかない。これはこれで一つの見識と見る評価も耳にした。いや。というより、両立しようのないこの二つの意見を誰もが﹅同時に口にするのだ。一方では賞のクオリティーの確保を言いながら、他方で出版不況を心配してみせる。
かくして、賞はダブルバインドに陥る。家族内のコミュニケーションにおいて、あるメッセージ(例えば言葉)と、それに矛盾するメタメッセージ(例えば表情や態度)とを﹅同時にうけとる状況を指すこの概念は、提唱者のグレゴリー・ベイトソンによって統合失調症の病因とされた(現在は否定)。かつて斎藤環が説いたとおり、「否定の言葉とともに抱きしめること」が人を束縛する。文学は社会から無用を宣告されながら、頭を撫(な…
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