被爆作家・原民喜、佐藤春夫宛て遺書 原爆ドーム前の詩「碑銘」添え

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原民喜が佐藤春夫に宛てた遺書。別れの言葉とともに詩「碑銘」が書かれていた=東京都渋谷区の実践女子大で2025年7月28日午後3時3分、鈴木泰広撮影 拡大
原民喜が佐藤春夫に宛てた遺書。別れの言葉とともに詩「碑銘」が書かれていた=東京都渋谷区の実践女子大で2025年7月28日午後3時3分、鈴木泰広撮影

 広島での被爆体験を基に原爆文学の傑作と言われる短編小説「夏の花」などを残した作家で詩人の原民喜(1905~51年)が、親交が深かった作家で詩人の佐藤春夫(1892~1964年)に宛てた遺書が見つかった。

 短い別れの言葉とともに、現在、原爆ドーム前に建つ詩碑に刻まれている詩が添えられていた。

 佐藤は原を引き立てた存在で、専門家は「遺書からは強い感謝の思いと敬意がうかがえる。佐藤はこの詩を受け取って責任感を持ち、詩碑建立に尽力したのだろう」と話している。

 原は45年8月6日、疎開していた広島の生家で被爆し、「夏の花」や連作詩「原爆小景」など原爆を告発する作品を次々に発表した。

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佐藤春夫(詩人)=1950(昭和25)年ごろ、写真部員撮影 拡大
佐藤春夫(詩人)=1950(昭和25)年ごろ、写真部員撮影

 しかし、被爆から5年後の51年3月13日、東京都内で45歳で自殺した。吉祥寺の下宿には親族や友人に宛てた17通の遺書が残されていたことが知られている。

 佐藤宛ての遺書は、53年に佐藤とともに「近代日本抒情詩集」を刊行し、その中で原を取り上げた国文学者、吉田精一(08~84年)の遺族が、実践女子大に寄贈した資料の中から見つかった。

 遺書は青いマス目の400字詰め原稿用紙に黒いインクで書かれ、茶色の封筒に収められていた。

 原稿用紙の右半分には「私は誰とも さりげなく別れて行きたいのです 御親身にしていただいたことを ほんとうに うれしく思ひます」と4行でつづられている。

 左半分には同じ4行で「遠き日の石に刻み 砂に影おち 崩れ墜つ 天地のまなか 一輪の花の幻」と記されていた。

 この詩は、原が自殺する直前に詩誌「歴程」に発表した「碑銘」という題名の作品。ただ、遺書には題名が書かれていない。

 佐藤は原の慶応大の先輩で、戦後、原が編集にも関わった文芸誌「三田文学」の顧問のような立場にあった。原を高く評価し、葬儀委員長も務めた。これまで、佐藤宛ての遺書があったことは分かっていたが、今回、初めて全容が明らかになったという。

原民喜が佐藤春夫に宛てた遺書について説明する実践女子大客員研究員で東京大文学部准教授の河野龍也さん=東京都渋谷区の実践女子大で2025年7月28日午後3時22分、鈴木泰広撮影 拡大
原民喜が佐藤春夫に宛てた遺書について説明する実践女子大客員研究員で東京大文学部准教授の河野龍也さん=東京都渋谷区の実践女子大で2025年7月28日午後3時22分、鈴木泰広撮影

 「碑銘」が刻まれた詩碑は、原の死から8カ月後の51年11月、文学仲間が中心となって広島城跡に建立し、67年に原爆ドーム前に移された。

 詩碑の裏面に彫られている佐藤の文章には、遺書17通のうち2通に「碑銘」が添えられたと記されており、佐藤宛てのほか、年の離れた親友の遠藤周作宛ての遺書にも書かれていたことが分かっている。

 佐藤に詳しい実践女子大客員研究員で東京大准教授の河野龍也さん(日本近代文学)は、遺書について「言葉は簡潔だが、原が最大の理解者として親しんだ遠藤と同じ詩を、詩人である佐藤に贈っており、信頼する先輩への感謝と敬意が慎ましく表現されている。原の誠実さが伝わってくる」と解説する。

 佐藤は原の詩碑の建立に尽力した。河野さんは「この詩は、人のいとなみのはかなさを詠んだと解釈できる。『さりげなく別れて行きたい』と書いている原が、自身の顕彰を先輩に期待するはずはなく、だから遠藤への遺書にはある『碑銘』という題名もあえて書かなかったのではないか」と推察する。

 その上で「佐藤は原の真意を分かっていただろうが、それでも、原爆で亡くなった人の代弁者として書き続けた原と作品を記憶してもらうために碑にして残すべきだと考えたのだろう。遺書が戦後80年に見つかり、原が平和を訴え、原爆について再考を促しているように感じる」と話している。

 遺書は実践女子大渋谷キャンパスの図書館で8月29日まで公開されている。問い合わせは図書館(03・6450・6829)。【鈴木泰広】

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