会社員向けの上級救命講習への参加呼びかけがあった。仙台支局勤務時に東日本大震災を経験し、その後も災害報道に携わってきた身として、応急手当ての知識は身に付けておきたい。ただ、受講後に目の前の重篤な人の救護に携わるのかと思うと足がすくむ。講習を通じて、救命に「市民の力」が欠かせないことや、担い手への手厚いフォロー態勢を知った。
呼吸は腹部で確認
「呼吸があるかどうかは、顔ではなく胸やおなかを見て」。7月上旬に東京都千代田区のパレスサイドビルであった講習。講師の声がけに慌てて訓練人形の腹部に目を向け、10秒間確認した。
呼吸の有無は心肺蘇生を始めるかを決める重要な判断材料となる。ただ、心停止直後にはしゃくりあげるような途切れ途切れの「死戦期呼吸」がみられることも。そのため腹部での確認が必須だという。
呼吸がないことが分かったら直ちに心肺蘇生を始める。心臓は全身に血液を送り出すポンプだ。3分止まれば脳に深刻なダメージを与え、8分以上で死に至る場合が多い。心臓マッサージで動かし続ける必要がある。
胸の真ん中を5センチ(単3電池1本分)沈むぐらいの力で、1分間に100~120回圧迫する。「アンパンマンのマーチ」を口ずさむとペースがつかみやすい。
総務省消防庁の2023年の統計によると、119番から救急車到着までの全国平均時間は10分。心肺停止状態で搬送された14万575人のうち、半数以上の7万2756人が到着前に一般市民の応急手当てを受けた。そのうち、心肺停止の時点が目撃された人では、市民による手当てが実施された場合の1カ月後の生存率は14・8%。実施されなかった場合の7・3%より救命効果は2倍高かった。
突然の心停止の多くは、心臓がけいれんして機能を失った「心室細動」が原因だ。心臓の余力が残る3~5分のできるだけ早いうちに、自動体外式除細動器(AED)で震えを止めなくてはならない。電気ショックが必要かは、手順通り体にパッドを張ってスイッチを押せばAEDが調べてくれる。シンプルな構造で、一度試すと「実際に使えそうだ」と自信が持てた。
60年前から「市民の力」
東京消防庁によると、管内で現在の認定証を交付する講習は1992年に始まった。市民への講習はさらに前。60年前にさかのぼる。同庁の担当者は「当時は電話機が普及しておらず、一定の地域ごとに電話機がある家庭に通報をお願いしていた。委託を受けた方から『救急隊到着までに何かできることはないか』と問い合わせがあったことから始まった」と話す。
全国では93年の要綱に基づき、各消防本部が希望する市民に知識と技能を普及する。心肺蘇生やAED、止血法などを学ぶ「普通救命講習」(3時間)や、小児や乳児の心肺蘇生、外傷の手当て、搬送法も学ぶ「上級救命講習」(8時間)などがある。受講料や教材費は各地で異なる。
担い手を守る取り組み
応急措置の担い手を守る取り組みも広がっている。
総務省消防庁によると、23年の全国の講習受講者は約143万4900人。新型コロナウイルス流行前の15~19年は年間185万~196万人だった。
現在の講習では、傷病者が大人の場合は胸骨圧迫のみとし、人工呼吸は基本的にしない。感染対策も徹底し、飛沫(ひまつ)防止のためハンカチを口にかぶせる手順も紹介する。
また近年、交流サイト(SNS)で「訴えられるリスクがあるので(女性に)救命措置は行わない」とする投稿が相次いで炎上した。女性へのAED使用についても上着をかぶせるなどトラブルを避ける方法も紹介している。
応急手当てをした人が感染したり、心肺蘇生措置により損害賠償請求されたりした場合に、条件に応じて見舞金を支給する制度を設けるところもある。
東京消防庁の調査では、アンケートに回答した受講者の約半数が「応急手当ての方法を知っているが実施できない」とした。理由として「自信がない」「かえって悪化させることが心配」「誤った手当てをしたら責任を問われそう」が挙がった。
こうした背景もあり、継続的に知識や技能に触れたり、5年ごとに見直される国際的なガイドラインに対応した最新の手法を学んだりできるよう、希望者に2、3年ごとの再講習を設けている。座学部分をウェブで受講できる消防本部もある。
災害への備えの一つとして、平時こその受講をお勧めしたい。【垂水友里香】
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