震災と向き合った元校長の記憶 映画で娘と伝える“生きる希望”

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映画「有り、触れた、未来」の原案者の斎藤幸男さんと、長女で出演者の舞木ひと美さん=宮城県塩釜市で2025年6月28日午後2時53分、百武信幸撮影
映画「有り、触れた、未来」の原案者の斎藤幸男さんと、長女で出演者の舞木ひと美さん=宮城県塩釜市で2025年6月28日午後2時53分、百武信幸撮影

 東日本大震災当時、宮城県立高校の教頭として生徒や住民の避難対応にあたった父と、俳優やプロデューサーとして演劇の世界で活躍する娘が、二人三脚で「生きる希望」を伝えている。父親が教育者の視点で被災経験をつづった一冊の本は、命との向き合い方を描いた映画を生み出し、その上映会で親子は全国各地を飛び回っている。

上映会で全国巡る

 映画「有り、触れた、未来」の上映会が6月下旬に宮城県塩釜市で開かれた。上映後には、同市出身で元教員の斎藤幸男さん(71)と長女の舞木(まき)ひと美さん(35)が登壇し、映画に込められたテーマを語り合った。創作や表現の世界に身を置くひと美さんは現代社会が抱える生きづらさに触れた上で「いつどこで暗闇に引っ張られるか分からない時代。色あせない映画を撮りたかった」と話した。斎藤さんは、映画では自著に記した震災自体を描くのではなく、「生きる希望」がテーマに据えられていることを踏まえて「被災者にも、これからを生きる子どもたちにも届けられる映画になった」と評した。

 映画は2024年以降、30回もの自主上映会が各地の映画館や公共施設などで開かれた。2人が顔をそろえたり、個別に登場したりする上映後のトークイベントも10回以上開催し、映画を通じた震災伝承や防災発信につなげている。

教え子の死と向き合う日々過ごす

映画「有り、触れた、未来」に登場する青いこいのぼり=ⒸUNCHAIN10+1
映画「有り、触れた、未来」に登場する青いこいのぼり=ⒸUNCHAIN10+1

 震災当時、斎藤さんは石巻西高校(宮城県東松島市)の教頭だった。校舎周辺に黒い水が押し寄せる中、逃げてきた地元住民を学校に受け入れ、44日間にわたる避難所運営を指揮した。一方で、教え子の死や被災で心に傷を抱えた生徒たちと向き合う日々も過ごした。同校の校長として定年退職した後、震災時の経験を著書「生かされて生きる―震災を語り継ぐ」(河北選書)にまとめ、18年に刊行した。

 ひと美さんは「心に傷を負った子どもたちが大人たちとどう歩んできたかが描かれており、読んでもらえたら」と思い、父親の本を旧知の映画監督、山本透さん(56)に手渡した。その後、山本監督は新型コロナウイルス禍で社会に閉塞(へいそく)感が漂い、若者の自死が相次ぐ状況に心痛めていた時に本を読んだ。被災後も希望を抱き続けた若者の力強さに心打たれ、「生きる力」をテーマにした映画の製作を決意。舞木さんら若手の仲間とチームを作り、自主製作するため資金集めに奔走した。

 テーマに共鳴した宮内ひとみさん(当時芸名は桜庭ななみさん)や手塚理美さん、北村有起哉さんら有名俳優が出演。宮城県内で全編撮影し、22年に完成した。

映画で伝える「防災」の形

映画「有り、触れた、未来」に主人公の友人の劇団員役として出演した舞木ひと美さん(中央)=ⒸUNCHAIN10+1
映画「有り、触れた、未来」に主人公の友人の劇団員役として出演した舞木ひと美さん(中央)=ⒸUNCHAIN10+1

 映画は、斎藤さんの著書を原案としながら、山本監督がオリジナルの脚本を執筆。津波や震災を直接的に描く手法は避けた。突然の交通事故で恋人を失った主人公の女性と末期がんに侵された母、大災害で家族を亡くした父と子らが描かれ、命と向き合うそれぞれの物語が進行し、やがて交錯していく。

 斎藤さんは当初、映画化には戸惑ったという。しかし、「映画を通じて、防災の先にある『生きる希望』を伝えられる」と考え、ひと美さんらに製作段階から全面協力した。

 映画化のきっかけをつくったひと美さんは、作品のプロデューサーを務めるとともに、心に傷を抱えた主人公に寄り添う友人役として出演。震災の教訓を伝え続ける父の姿に感化され、自らも「映画を通して何ができるか」を考えたという。「防災というと『これをすべき』といった重くて硬いイメージがある。震災後、一生懸命生きてきた人たちの姿を通して人の強さ、生きる力を伝えることも一つの『防災』だと思う」と話す。

 映画は自然災害への教訓にとどまらず、人々の支え合いや、つながりの尊さを問いかける。「映画は奇跡的な出会いと多くの善意によって生まれた」とひと美さんは振り返る。映画化の実現にあたって、被災者や遺族の出演協力を得られたことは、それを象徴している。

 斎藤さんも「言葉で目の前の人に語り継ぐアナログと、映像によって遠い未来にも伝えるデジタル、防災にはその両方が必要。互いに支え合って伝えていきたい」と力を込める。

 映画の製作チームは個人や団体による自主上映会の申し込みを受け付けている。申し込み先は[email protected]。【百武信幸】

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